24

「あ、早かったですね」


 ――原点に返らせて欲しい。


 あたしの願いを聞き入れてくれた父さんは、あたしを単身、飛行機に乗せてくれた。

 陸がついて来るって言うかな…って思ったけど…

 あたしの妊娠からこっち、陸は帰りが遅くて…あまり話す機会もなかった。

 センを殴った事、本当は詳しく話を聞きたかったけど…

 もう、センの名前を出すのはやめようと思った。


 そうすると、こっちの空気が伝わるのか。

 陸も、あたしと顔を合わせても、他愛のない会話ばかりになった。

 あたしが…みんなと別々に暮らす事にも、触れなかった。


 父さんは…母さんから聞いてると思うけど…

 何も言わずに見送ってくれた。



「…どうしたの?」


 生まれ育った家の玄関を入ると。

 そこに、環がいた。


「はい?」


「どうして、ここにいるの?」


「姐さんに頼まれまして」


「あ、じゃもういい……何か前より綺麗になってるみたい…」


 家の中見渡してつぶやくと。


「組長がお嬢さんに危険が無いようにと、改築されました」


 父さん…過保護だなあ。

 でも、ありがたい。

 あたしのわがまま、きいてくれて…



「それより、何で来たの?飛行機?」


「はい」


「帰りの飛行機は何時?」


「あの…」


「え?」


「お嬢さんがお帰りになるまで、一緒なんですけど」


「……え?」


 じゃ、何?

 環は、あたしのお守役?


「そんな、いいよ。仕事だってあるのに…」


「仕事に関しては全く心配ありませんよ。どこでもできる仕事ですから」


「だって…」


「心配しないでください。あまり小言も嫌みも言わないよう気を付けますから」


「そんなつもりで言ったんじゃ…」


「……」


「…ふふっ」


 顔見合わせて笑う。


「私は、一生お嬢さんをお守りするつもりですので、何でも言って下さい」


「…ありがと」


 以前は、万里君と沙耶君の中にいても、一人だけ一歩退いてる感じが強くて。

 クールで一番取っ付きにくいって思ってた環。

 だけど、今は安心出来る存在だと思う。


 正直…陸と離れるの、少し不安だった。

 だけど、いい機会だとも思った。

 あたしは…二階堂を継ぐんだもの。

 自分で決断をしなくちゃならない事も増える。

 環がそばにいてくれたら、色々勉強にもなるかもしれない。


 って。

 思ってたら…



「お嬢さん、お勉強お好きでしたよね」


 早速来た。

 二階堂のための…勉強?

 継ぐ決意は本当にあるんだけど…

 出産後からじゃダメなのかなあ…なんて…

 だって、まだ父さんだって若いし…今すぐ継ぐって話じゃないよね?

 だとしたら…



「…好き…ではないかな…」


 勉強が好きなのは陸。

 あたしは、陸と張り合うのが好きだっただけ。

 何とか今はまだのんびり過ごしたくて、頭の中で回避手段を考えるも…


「そうですか。では、好きになっていただくためにも、毎日少しずつ勉強していきましょう」


 環は柔らかい笑顔。


「…何の?」


「まずは高校過程を修了しましょう」


「あ…そういうのでいいんだ」


 ちょっと、ホッ。

 もっとハードな物を言い渡されるのかと…


「それが終わったら、外国語をみっちりと。それから電機系統や武器の仕組み、人体組織の勉強と平行して二階堂内部の」


「あああああ…今日はもう疲れちゃった。続きは明日でいい?」


 言葉を遮ると、環は一瞬黙った後。


「…そうですね。失礼いたしました」


 少し戸惑ったような顔をした。


「あ…ううん。ごめんね?なんか、初日ぐらいは何も考えずにボーッとしたいかな…なんて」


 甘えてるって思われるかな…


「…すみません。お体の事もあると言うのに…気が逸ってしまいました」


 そっか…環も大変だよね…

 あたしのお守に家庭教師まで言いつけられてるなんて。


「あたし、頑張るよ」


「……」


「父さんに『環は何してたんだ』って言われちゃマズイもんね」


 環を見上げて言うと、環は少し間を開けて小さく笑って。


「お茶にしましょうか」


 キッチンに立った。

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