18

「えっ、これ兄さん?え…あー…まあ髪の毛は…そうだけど…」


 宝智ともちかが、ビデオを見て目を丸くした。

 あたしたちはというと…口を開けたままテレビ画面を見入っている。


 渡米から二年。

 千寿せんじゅたちのバンドはアメリカでデビューを果たし、帰国。

 先月は世貴子さんと、ささやかながら…結婚式もあげた。


 今まで千寿がギターを弾いている姿を見た事はなかった。

 それどころか…音源さえ聴いた事がない。

 CDを送って欲しいと政則さんが連絡をしたけれど…送って来るのはアメリカのお菓子や、向こうで見付けた珍しいティーバッグばかり。


 それについては、『ハードロックだから早乙女家にはちょっと…』という千寿の優しさなのか照れなのか分からない理由があった。らしい。


「も…もういいだろ?」


 千寿がビデオのリモコンをとろうとして。


「いいじゃない」


 世貴子よきこさんに、取られる。

 なかなか家族にお披露目してくれない千寿に業を煮やし、世貴子さんにお願いしてみたところ…


「ちょうどいい物を入手したばかりなんですよ」


 と、ロックフェスのビデオを持って来てくれた。

 今日はそれを家族で見ているのだけど…

 あまりにも…

 あまりにも、千寿が別人のようで。

 全員が、呆然としてしまっている。



「これ、本当におまえなのかい?別人みたいだねえ…」


 母さんが、目を丸くしたまま、千寿とテレビを見比べる。

 …本当に。

 うちで見せた事のないような…自然な笑顔。

 いつから、こんなに音楽を楽しめる子になっていたのだろう。


「いきいきしてるな」


 政則さんがそう言うと、千寿は髪の毛をかきあげながら。


「申し訳ないぐらいにね」


 と、笑った。

 …こんな仕草も、今まではなかった。

 自分の家にいるのに、どこか遠慮がちで…硬い表情だった。


 千寿が早乙女から…茶道から離れた事は、千寿自身にとっても…あたしたちにとっても、良かったのかもしれない。



「すごいな…兄さん、すごいバンドにいるんだね…」


 母さんと政則さんは聴いても分からないと思うけど、部屋ではそこそこに音楽を聴いている宝智がそう言うぐらいだ。

 きっと…音楽を聴く人の胸に訴えるものはあるのかもしれない。

 …そういうあたしも、詳しいのかと聞かれると…そうじゃないけど…

 昔、あれだけ…毎日楽器の音に触れていた。

 少しは、分かる……かな?


「すっげ…このキーって」


 宝智が小声でそう言って、母さんに目を細められる。

 桜花の高等部二年生になった宝智は…社交的で華やかな子。

 当然だけど、今時の言葉を使っては母さんに叱られる。

 あたしと政則さんは、稽古やお茶会の時さえちゃんとしていればいいと思うのだけど…


「ああ、そういえば、双子は宝智の同級生だっけ」


「え?」


「ボーカルは、桐生院の双子のお姉さんだよ」


 千寿の言葉に、宝智はテレビ画面に顔を近付けて。


「は?え?えーっ!?ぜんっぜん違うし!!」


 盛大に驚いた。


「桐生院さんの?」


 桐生院さんの双子…誓くんと麗ちゃんといえば、宝智と同級生。

 二人とも、うちにお茶を習いに来る。

 だけど…お姉さんがいるとは知らなかった。

 母さんもそれには驚いたのか、宝智の大声に反応する事もなく、テレビ画面を見入っている。



「ドラムは朝霧って言うんだ」


「…朝霧?」


 あたしが少しだけ小さな声で言うと。


「そう。親父さんは、有名なギタリスト」


 千寿は意味深につぶやいた。


「学校もずっと一緒だったし、同じクラスになった事もあるんだけど、バンドに入るまで話もしたことなかったな」


 朝霧さん…

 …るー先輩の、息子さん…


「キーボードはさ」


 さっきまでビデオを停めたくて必死だった千寿は、あたしの隣でメンバー紹介を始めてくれた。

 テレビ画面に映ったキーボードの男の子。

 面影が誰かに…


「有名なキーボーディストの息子で…」


「?」


「おふくろさんの名前は、愛美さん」


「あ」


 あたしは千寿を見る。


「似てるだろ?」


 あの人の妹…まーちゃんの息子さん?


「誰なんです?愛美さんて」


 母さんがあたしに問いかけると。


「親父の妹」


 千寿が、あっさりと答えた。

 親父…だなんて。

 遠慮がちに政則さんを見ると…ニコニコしてる。



「ベースはさ」


 ベースは黒い髪の毛に長身の女の子。


「あ、わかった。七生さん?」


「当り…よくわかったね」


「だって…そっくりだわ」


 画面の女の子は、るー先輩の親友、七生頼子さんにそっくり。

 あたしは一度しか会ったことがないけど、すごく個性的でハッキリ覚えてる。



「不思議なバンドだな」


 政則さんが笑いながら言った。


「?」


「どこかで涼と繋がってる子ばかりだ」


「……」


 あたしは、政則さんの笑顔を不思議な気持ちで眺めた。

 この人は…なんて大きな人だろう…


「……?」


 政則さんが、あたしの視線に気付いて…首を傾げる。

 しばらく見つめ合っていると…


「負けるな、新婚」


 宝智にそう言われた千寿と世貴子さんが。


「見習います」


 笑顔で身体を寄せ合った。

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