第34話 後悔


(しまった……)


 リョウは突然のことに不意を突かれ、唇を噛んだ。まさか、このタイミングで彼が現れるとは思っていなかったのだ。

 だが、すぐに動揺から立ち直り、覚悟を決めた。


(もう、こうなったら仕方ない)


 またテレポーターに向き直って、操作するフリをしながら胸のポケットから小さな布袋を取り出した。アリシアからもらったお守りだ。そして、その中身を手のひらに出す。

 それは小型のビンだった。中にマナ回復剤が入っている。リョウは蓋を開け、一瞬、見つめた後、青い液体を一気に飲み干した。そして、ビンとお守りをポケットに戻す。


 バシッ


 何の前触れもなく、自分の足元の床から激しい音が鳴った。キースが背後からレイガンを撃ったのだ。


「操作をやめろ。そして、武器を捨ててこちらを向くのだ」

「……分かった」


 リョウは、言われた通り振り向き、レイガンとビームソードをベルトから抜いて床に落とした。


(あ、れ……?)


 最初は、軽いめまいがしたのかと思ったリョウだったが、激しい悪寒と共に、めまいが急激に激しくなる。もはや、自分で立っていることができず、テレポーターにもたれかかった。さらに、今度は激しい咳が出て止まらなくなった。

 テレポーターに手をついて体を支えながらも、激しく咳き込む。


「どうした? 体調でも悪いのか?」


 自分をだます企みかと疑いの眼差しを向けたキースだったが、リョウの様子が明らかにおかしいことに気づいたようだった。


「ゴホッゴホッ、な、何でもない……ゴホッ」


『リ、リズ。どうなってる?』


 リョウはこの状態に狼狽し、慌ててリズに尋ねた。まさか、このような激烈な反応を起こそうとは考えていなかったのだ。


『マナ回復剤に対するアレルギー反応よ。症状を和らげる処置をしてるからもうちょっと我慢してて』


(ま、まさか、ここまでとは……)


 リズからは、「一度目は対処できるが、二度目以降はアレルギー反応をコントロールできない」と警告されている。たしかに、これより激しくなるなら体は持たないだろう。


 やがて、リズの処置が功を奏したようで、めまいと咳、悪寒が収まってきた。

 荒い息を落ち着かせながら、リョウはテレポーターに寄りかかるのをやめ、まっすぐ立つ。


「フン、難儀なことだ。まあ、いい。それよりも、時限爆弾の解除コードを教えろ」


 リョウの容態には全く関心がない様子で、キースが尋ねた。


「何のことだ?」

「とぼけるな。お前が反応炉に仕掛けた爆弾の解除コードだ」

「断る。お前にミサイルを撃たせるわけにはいかない」


(……ということは、爆弾を解除しようとしたのか)


 おそらく、リョウとアリシアが機関部を出るのを見計らって中に入り、爆弾を解除しようとしたのだろう。その上で彼がここに来たということは、リョウにとってはいい知らせだった。この基地のテクノロジーを使っても、やはりキースは爆弾を解除できなかったのだ。


「馬鹿な真似はよせ。ここでお前も死ぬのだぞ」

「見ろ、ここにテレポーターがある。お前も一緒に脱出しよう」


 リョウは自分の後ろにそびえ立つ巨大な装置を指し示した。

 キースはせせら嗤った。

 

「何を言っている。そいつは動作が不安定で、生物を使った実験もしていなかったではないか」

「いや。こちらに来て時空同定プロセスの改良方法を思いついたんだ。さっき、他のみんなをテレポートして脱出させたんだぜ」

「なんだと……?」

「俺たちのテレポーターはとうとう完成したんだよ!」


 リョウは、一瞬この状況を忘れ、共に研究に打ち込んだテレポーターの完成を一緒に喜ぼうという気持ちだった。


「フン、なるほど、それであの小娘どもの姿が見えないのか」


 だが、リョウの興奮や達成感という感情は、キースには一切感じられない。


(お前だって、あれほど情熱を掛けて取り組んでいただろうに……)


 それも無理からぬことかもしれない。自分にとっては現在の研究であっても、キースにとっては30年前のことである。しかも、こんな大掛かりな装置を使わなくても、グスタフの呪文で自分もテレポートを経験しているのだ。


「……もうこの基地も爆破される。一緒に脱出しよう」


 キースに何の感動も呼び起こさなかったことに失望を押し隠しながら、リョウは説得を試みる。


「……」


 しばらく考えるようなそぶりを見せたキースは、顔を上げた。


「……分かった。私の負けだ。ミサイル発射は取りやめる」

「本当か?」

「ああ。その代わり、時限爆弾を解除してくれ」

「えっ?」

「私もまだ死にたくはない。お前もそうだろう」


 その言葉を聞いてリョウは悟った。キースが復讐心を持つ限り、この基地の兵器と科学力を悪用しようとするだろう。そして、彼が司令官である以上、それを止める手段はない。もう、事は今ミサイル発射を止めるかどうかではないのだ。

 どうあってもこの基地を破壊しなければならない。


「……だめだ。残念だが、俺は今のお前が信用できない。基地はこのまま破壊する」

「お前も一緒に死ぬというのか」

「覚悟はできてるさ。自分たちの兵器でこの時代の人たちが殺されるのを見るよりましだ」

「バカなことはよせ。この基地があれば、世界は我々の思うままにできるのだぞ」


 キースさらにレイガンを突きつける。その表情には焦りの色が見えた。


「何を言ってもお断りだ」

「……フン、どうしても解除コードを教えないのなら仕方がない」

「どうするつもりだ?」

「手足一本ずつ、レイガンで撃ち抜いてやる。どこまで苦痛に耐えられるのか見ものだな」

「……お前、本当に変わったな」

「やかましい。さあ、教えろ。まずは右足から行こうか」


 そう言って、レイガンを右足に狙いを定めた。


「3つ数えるまで待ってやる」

「……」


 リョウも覚悟を決めた。脅しではなくキースは本当に撃つだろう。もう、彼は昔の彼ではないのだ。


『リズ。オミクロン波の発動を頼む』

『了解』


 リズに命じて、リョウは急いで呪文を唱える。


「大気に眠る水よ。我が捧げる祈りに応え、万物の根源である汝の力を、我に使わしめ給い……」


「ん? 何の世迷言だ?」


 キースは、最初、それが魔道の呪文だとは気がついていなかった、リョウに魔道が使えるなど夢にも思っていなかったということがあるだろう。しかし、さすがにこの世界に30年も住んでいたせいか、それが呪文であることに気づいた。


「も、もしや……、それは……?」


「……凍てつく氷柱となりて、仇なす者を貫け」


 リョウは、呪文を唱え終わると、両手を上に突き上げた。

 その瞬間、彼の頭上が青白く発光し、冷気とともにいくつもの氷柱が現れる。

 それは先日のものとは比べ物にならないくらいの大きさと数だった。

 悪夢のように見上げるキース。


「ハッ」


 リョウが両手を振り下ろすと、氷柱は、風を切る音を響かせながら、猛烈なスピードでキース目掛けて飛んでいく。


「うわああ」


 キースが慌てふためいてレイガンを撃ちまくる。何条もの光線が放たれ、次々と氷柱を破壊する。だが、そのうちの一本が彼の胸を刺し貫いた。


「ぐふっ」


 キースは呆然とした表情で、自分の胸に突き刺さった氷柱に目をやった。そして、レイガンを床に落とし、緩慢な動きで氷柱を両手で抜き取ろうとする。だが、掴もうとした瞬間、氷柱はまるで最初からそこになかったかのように消えた。そして、そこから血が溢れるように流れ出す。

 彼は、胸を押さえながら、顔を上げた。


「ぐうぅ、な、なぜだ。なぜ、お前に魔道が使える? か、科学者ともあろうものが、ま、魔道など……」

「それは違うぜ。魔道は、あやしい力でも何でもなく科学の法則に則って発動してるんだ。ただ俺たちが、その力を解明していなかっただけだったんだよ」

「ど、どういうことだ?」

「俺は、魔道を分析した。そして、ある程度の理論は分かった。だから、今の呪文も、俺がBICを使って科学的に出したんだ。別に魔道士の修行を積んだわけじゃない。しかも、知ってるか? 魔道の力の根源は、ダークマターとダークエネルギーなんだぜ。俺たちがろくに正体すら掴んでないのに、この時代の人たちは使い方まで習得したんだ」

「な、何だと……、そ、そうだったのか……、クッ、そ、そんなことなら私も……」

「魔法使いになれたのにな」

「あ、ああ。そ、そうだな、フフ、ざ、残念だよ……、グフッ」


 口から血を流し、キースは崩れ落ちた。床に血が広がっていく。


「……」


 リョウはかつて親友だった男の亡骸を、ただ悲しみの気持ちで見つめた。

 最後にキースが見せた表情、あれは復讐に身を滅ぼされた男の顔でも、残忍な人殺しの顔でもなかった。自分が信じていた科学を使って魔道を研究しようとする姿勢になれなかったことへの後悔、そして、科学を駆使して呪文を発動する自分を想像して、微笑んだのだと思えた。


(やっぱり、お前も科学者だったな)


 最後の最後に、かつてのキースの面影を見た気がして、リョウは少しだけ慰められた気がした。


『リョウ、急いで。時限爆弾のタイマー発動まであと8分よ』


 リズの声が彼を物思いから引き戻す。


(おっと、急がないと)


 今の状況を思い出し、再びコンソールに向き直る。感傷に身をゆだねるのは脱出してからでも遅くない。


 しかし


「そ、そんな……」


 リョウは目の前の光景に愕然とした。


 目に飛び込んできたもの。それは、キースのレイガンに撃たれて激しい損傷を受けたテレポーターだった。氷柱を撃とうとして放った光線が直撃したのだ。


 操作パネルからいくつもの煙が上がっている。小さな放電もそこかしこで起こっていた。焼き焦げた跡も見える。

 テレポーターが使えなくなったのは明らかだった。

 

 リョウは、今度こそ本当に脱出の手段を失ったのだった。

 



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