第31話 魔道 vs 科学(2)


 それは、リフト内のアナウンスであった。


「な、何だ?」

「敵か?」


 突然の声にガイウスたちが我に返り、敵襲かと身構える。


「シッ、静かにしてくれ」


 リョウは手を上げて彼らを制し、アナウンスに耳を傾けた。


『シャトルリフトの緊急停止命令が出されました、最寄りの昇降口に停止します』


「ちっ、そう来たか」


 リョウは唇を噛んだ。キースがリフトを止めたのだ。


「どうしたのよ。今の誰?」

「誰か乗ってるのか?」

「ん? ああ、今のはリフトの音声案内だ。機械が話してたんだ」

「へえ。機械がねえ」


 ガイウスたちは微妙な表情で互いに顔を見合わせた。

 アナウンスは、惑星標準語で行われるため、彼らには全く理解できない。

 リョウの様子からして、敵ではないだろうことは察したのだろうが、機械が人の言葉を話すことに慣れていないため、誰かが上から話していると思ったらしい。


「それで、機械は何て言ったの?」

「リフトに停止命令が出されたから、近くの出口で止まるそうだ。キースが命令を出したんだな」

「そう……」


 やがて、リフトが徐々に減速し、到着を知らせる音と共に停止した。

 無論、待ち伏せされている可能性がある。全員が緊張の面持ちで身構えた。

 だが、静かに扉が開くと、目に入ってきたのは無人の通路だった。一同は肩の力を抜いた。

 

 そして、それぞれにリフトから出て周りを見渡す。

 そこは先ほどとは外観が大きく異なっていた。

 

 昇降ホールはなく、リフトは直接通路に面していた。

 通路はこれまでのものより幅も高さも倍以上はあり、かなり大きい。

 また、壁や天井は銀白色の金属ではなく、表面がザラザラで暗い色の金属でできており、天井には大きな管のようなものが何本も通路に沿って据え付けられていた。


(ここは……)

(地下までは来たのか)


 正確な位置までは分からないが、地下の武器庫に近いところまでは来たらしい。


「何だかさっきまでとは感じが違うわね」

「ああ。ここは大掛かりな資材や機械類が必要な区画が集まってるからな」

「機械兵が待ち伏せしてるかと思いましたが……」

「今のところいないようだな」


 機械兵らしきものは見当たらず、大きな通路が続いているのが見えるだけである。


「ちょっと待てくれ。道を確認する」


『リズ、武器庫はどっちだ?』

『左に真っ直ぐ行って、右側2つ目の扉よ』

『分かった』


「こっちだ」


 リョウが先導して、一同は走り出す。

 そして、しばらくいくと、目当ての扉が見えた。


「ここだ」


 だが、到着してほっとするのもつかの間、


「総長、後ろから敵が追ってきます!」


 一番後方で見張りをしていたラースが、声を上げた。

 すぐに、機械兵の走る音であろう金属音が背後から聞こえてくる。


「ちっ、そう甘くはないか」

「やむを得ん。リョウは爆弾を取りに行け。わしたちは、ここで機械兵を食い止める」

「分かった。すぐ戻る」


 リョウは、認証パネルに手のひらを置いて扉を開ける。

 そして、パネルを操作し扉をホールドしたまま大急ぎで中に入った。


 武器庫は数メートル四方の部屋で、棚や台などが所狭しといくつも設置され、様々な種類の武器が保管されていた。

 背後から、戦闘の始まった音が聞こえてくる。

 リョウは逸る気持ちを抑えて、棚や台の武器を確かめながら奥に進んでいた。

 すでにリズに反粒子爆弾の形状を聞いている。


 途中でレイガンとビームソードを見つけ、ついでにベルトに付ける。

 そして、さらに奥に進むと目当てのものはすぐに見つかった。


『リズ、これだな?』

『それよ』


 棚に、数センチ四方の黒くて薄い装置が積み重なって置かれていた。

 リョウは、棚から4つほど取り出して、ハーフローブの両側のポケットに2つずつ入れた。これで後は取り付けるだけだ。


 他に必要なものがないか考えていると、通路からアリシアの切迫した叫びが聞こえてきた。


『リョウ、お願い。早く来て!』


(まずい)


 駆け戻ろうとした時だった。長めの棚の1つに筒状の武器を見つけた。

 直径20センチ、長さ1メートル20センチ程度のそれは、フォトンブラスターと呼ばれていた。いわば、光学弾のバズーカ砲である。


(おお、いいのがあるじゃねえか)


 渡りに船とばかりに引っ掴んで駆け戻った。

 ドアから出たところで、アリシアとアルバートが背後から追ってきた機械兵に呪文を撃っていた。

 その数メートル前方では、ガイウスとラースがそれぞれ一体ずつと戦っている。そのさらに向こうには、多数の機械兵が見えたが、アルバートが金縛りの呪文で抑えているらしく、様々な態勢で硬直していた。


「待たせたな」

「リョウ。なにそれ?」

「まあ、見てな」


 リョウが安全装置を外してグリップを引き出すと、スコープが横からせり出してくる。肩に担いで、照準を合わせた。


「行くぜ!」


 トリガーを引いた瞬間、低い射出音とともにこぶし大の白い光の玉が猛烈な勢いで発射される。そして、あっという間にガイウスとラースの間を通り過ぎ、金縛りで動けない一体に直撃すると、体全体が発光して、粉々に吹き飛んだ。


「おお、こりゃすげえや」


 初めて実弾を撃った感触に、リョウも満足した。


「ちょっと、何よそれ……」

「おいおい、なんだそのでたらめな力は?」


 ガイウスが背中越しに呆れた声を上げた。


「へっ、病みつきになりそうだぜ」


 再充填するのを待って再び撃つ。

 一体一体順番に屠っていくその威力は圧倒的であった。


「わしらが身を張って戦うのが馬鹿らしくなってきたぞ」

「全くです」

「まあ、そういうなって」


 リョウが、少し溜飲を下げた気分で苦笑する。

 ここのところ、テレポート呪文や何やらで、自分の時代の科学が魔道に負けている気がしていたのだ。


 しかし、戦況が好転したと見えたのもつかの間だった。

 背後から何やら大きな足音らしき地響きが聞こえてくる。

 振り返ると、二十メートルほど先で、数メートル幅の大きな扉が開いており、中から巨大な何かが現れたのだ。


「おいおい、勘弁してくれ」


 リョウは、それが何かを認識して思わず愚痴をこぼす。


「何だあれは?」

「うそ……、こんなのまでいるの?」


 アルバートとアリシアも半ば呆然と見つめている。


 それは、ゴリアテと呼ばれる巨大な人型機動兵器であった。

 体長3メートル、重さ2トン。通路の天井に頭が届きそうである。

 基本的には機械兵を巨大にしたものだが、もう少しずんぐりした形で動きが鈍い。

 他のチームが開発中のもので、プレゼンテーションで見たことがあった。


(ったく、次から次へと……)

(まだ試作品プロトタイプのくせにしゃしゃり出てくるんじゃねえよ!)


 リョウは、中っ腹でブラスターを構え直し、ぶっ放した。

 光の玉がゴリアテの胸に直撃して体全体が発光する。しかし、光が収まると、ゴリアテは一切ダメージを受けた様子もなく、再び歩き出した。そして、ゆっくりと確実に近づいてくる。

 顔を狙ってもう一発撃ってみたが、やはり同じである。


(くっ、性能良すぎじゃねえか。あいつら、こんなもの作りやがって)


 制作チームも顔なじみで何人かとは仲も良かった。心の中で彼らに悪態をつきながら、ブラスターを撃ちまくるが、まったく効果がない。そして、歩く速度は遅いものの、一歩一歩地響きをさせながら、徐々に近づいて来る。

 もうすでに10メートルほどしかない。

 背後では、ガイウスたちと交戦中の機械兵はまだ多数残っており、このままだと挟み撃ちになる。


 アリシアもリョウの横から炎の玉を撃つが、足止めにすらなっていない。


「やべえ、おやっさん!」


 リョウがアルバートを振り返る。


「これは、いかん」


 アルバートは、機械兵の金縛りを解いて、すぐにゴリアテに金縛りの呪文をかけた。床が輝き、動きが固まる。よほど動こうと力を入れているのか、ギシギシと金属の筐体が軋む音がする。


「とまった……」

「リョウ、ガイウスさんたちが!」


 ホッとするのもつかの間、今度は、ガイウスたちが苦戦し始めた。

 金縛りがなくなり、機械兵たちが押し寄せたのだ。

 広いと言っても通路であるため、背後に回られることはない。しかし、その分前からの圧力が強く、ガイウスとラースの二人はジリジリと押され始めていた。


「くっ」


 リョウはブラスターを撃つ。

 前衛の二人も必死に応戦し、やや持ち直したかに見えた。

 だが、


「早くしてくれ……、呪文がもたない」


 今度はアルバートが苦しげな表情を見せ始めた。

 相手が大きいと負担がかかるのか、呪文の維持に力を使うらしく、彼は額から玉のような汗を吹き出させていた。

 かと言って、機械兵たちがまだ相当数残っている。

 まさに八方塞がりの状況であった。


「ちっ。リョウ!」


 ガイウスが機械兵のビームソードをさばきながら叫ぶ。


「先に行け! 今ならその巨人の横を通れるだろう」

「なんだと」

「ここはわしたちが食い止める。お前は嬢ちゃんと一緒に行くんだ」

「え、私も?」


 自分も残るつもりだったらしく、アリシアが戸惑った。


「ああ。この先も敵が出るかもしれん。リョウを1人にするわけにはいかん」

「だが、いくらあんたたちでも戦力不足だ」

「心配無用だ。わしたちも、適当なところで脱出する」

「は、早くしてくれ、もう持たない」


 呪文が緩んできたのか、ゴリアテがギシギシと体を軋ませた。


「早くいけ小僧!」

「……分かった。爆弾を仕掛けたらすぐ戻って来る。アリシア、行こう」

「え、ええ」


 だが、事態はさらに悪化する。

 リョウが、置き土産に一発ブラスターを撃ったときだった。

 新たな機械兵が数体、彼らの頭上から飛び降りてきたのだ。

 天井の非常用ハッチが開いているのが目に入る。


「きゃああっ」

「くそっ」


 リョウは、アリシアを後ろに庇いつつ、すぐそばに落ちてきた一体を蹴り飛ばして、ブラスターを撃って始末する。だが、残りの3体は、アルバートに向かった。

 彼は呪文を維持するために、両手を伸ばしたまま身動きが取れない。


「お父さん!」

「隊長!」


 ラースが機械兵を放置して駆け寄り、うち一体を背後から切り倒す。それを見た他の2体はアルバートではなくラースに狙いを定めて襲いかかる。

 それだけではない。これまでラースと戦っていた機械兵も一気に押し寄せた。


「ラース、危ねえ!」


 リョウは、一体をブラスターで破壊する。もう一体は、ラースが首を突き刺した。

 だが、ラースの背後から別の二体が斬りかかる。

 彼はすぐさま反転して一体のビームソードは受けた。だが、その隙に、もう一体が左手を彼の頭に向かって突き出した。


「ラース!」


 慌てて、リョウがブラスターを撃ち破壊するが、先に、機械兵のレイガンが彼の頭を撃ち抜いた。

 ラースはものも言わずに、反動で後ろにもんどり打って倒れた。頭部から血が溢れ出る。


「くそっ、ラースがやられた!」


 リョウは叫びながらブラスターを構え直し、もう一体の機械兵を撃つ。

 前衛では、ガイウスが獅子奮迅の働きで、一人で機械兵を押し留めていた。

 だが、それもかなり無理をしているのが見て取れる。


 そして、また、アルバートも限界に達しようとしていた。


「もう、持たん……」


 振り返ると、金縛りの光がかなり薄く淡くなっている。それにともない、ゴリアテがギリギリと動き始めた。金属が軋む音がかなり大きく聞こえる。いま解き放たれたら全滅は免れない。


「リョウ、行ってくれ! 私ももう限界だ!」

「分かった! アリシア、来い!」

「で、でも……」

「オレたちが行かないと、みんな死ぬぞ!」


 リョウが躊躇するアリシアの手を引っ張って駆け出したその時、機械兵の数体がガイウスの脇を通り抜けて、アルバートに殺到した。そして、一体が、無防備な彼の背中をビームソードで切り裂いた。


「ぐはっ」


 背中から血が吹き出すのも構わず、アルバートはよろけるのを堪え、両手を伸ばしたまま必死で呪文を維持しようとする。


「いやああ、お父さん! お父さん!」


 アリシアが、リョウから身を振りほどこうとしてながら、悲痛な叫び声を上げる。


「く、くるな、早く行くんだ……」

 

 さらに、機械兵がビームソードを胸に突き刺した。

 背後で床の光が消えていく。


「グフッ、は、早く……」

「お父さん、お父さん!」


 アリシアが半狂乱になって父を呼ぶ。


「くっ、アリシア、行くんだ」

「で、でも、お父さんが!」

「すまん」


 半ばアリシアを抱きかかえるようにして、無理やりその場を離れる。

 ちょうど、ゴリアテのすぐ脇に差し掛かった時、床の光が完全に消えた。

 その瞬間、ゴリアテの丸太のような腕が前方から飛んできた。それを、アリシアの頭を押し込みながら避けて、一気に駆け抜ける。

 振り返ると、自分たちを追ってくるゴリアテの後ろで、アルバートはすでに床に倒れ血を流していた。

 そして、ガイウスは肉弾戦のように両脇に二体の機械兵の首根っこを抱えたまま、別の何体かにビームソードで刺されていた。


「あ、あとは……頼んだ……ぞ!」


 そして、二人の背後で、彼の断末魔の叫びが聞こえてきたのだった。






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