第22話 後進文明



 リョウとアリシアは、その日の昼過ぎに発掘現場に戻ってきた。

 途中の休憩で仮眠をとったこともあって、彼女の体調はすっかり良くなっており、その後は新たに休憩も必要なかった。


「おお、帰って来たか。全く大変な目に遭ったな」

「騎士団の副総長に勝つなんてお二人ともすげえや」

「ロザリアが目覚めて話をしたって、本当なんですか?」


 二人の姿を見つけて、アルバート、そしてエドモンドとリンツが寄って来て、二人を取り囲み、興奮気味に話しかけてきた。


「ちょっと待った。なんであんたたちそんなことを知ってるんだ?」

「誰かに聞いたの?」

「わしが教えたからだよ」


 彼らの後方から、ガイウスが歩いてきた。すでに元の黒尽くめの服に着替えている。


「おっさん、もう帰ってきたのか。やたら忙しそうだったじゃねえか」

「ああ。お偉いさんへの説明やら、今後の段取りやらで、昼まで掛かったからな」

「昼まで? それでこの時間かよ」

「そりゃそうだろ。わしはひとっ飛びしたからな。ま、役得だよ役得」

「へえ……」


 何やら得意げな笑顔を見せて、また警備に戻っていく。


(何のことだ……?)


 何が自慢なのかよく分からなかったが、きっと自分だけが知っている近道とか、総長の地位を使って他人の領地内をかっ飛ばしたか何かなのだろう。普通に馬で街道ルートでは、この時間には帰ってこれないはずである。


「さあ、詳しい話は後でじっくり聞かせてもらうとして、こちらも知らせがあるんだ。二人ともこちらに来てくれ」

「ああ」


 アルバートに話しかけられて、物思いから引き戻される。

 連れて行かれたのは、リョウの自室跡だった。


 現場ではこの半日の間にかなり発掘作業が進んでおり、入り口が掘り起こされたところらしく扉が完全に露出していた。

 また、部屋自体が地面よりも下に埋まっているため、これまでははしごを使って昇降していたが、部屋の少し手前から扉に向かってなだらかなスロープ状に土砂を掘り下げてある。何人かの村人が、そのスロープを広げようと作業を続けていた。


「見てください。入り口を見つけたんですよ!」


 リンツは興奮した声で地面の下に見える扉を指し示した。


「あら、もう全部掘り出してるじゃない」

「これで中に入れやすぜ。リョウさんにとっても久しぶりの我が家ってやつですな」


 エドモンドもうれしそうにニヤリと笑う。


「あ、ああ、そうだな……」

 

 微笑んではみたが、顔がこわばっているのが分かる。


(とうとう、ここまで来てしまった……)


 自室のドアが掘り出されてしまった以上、当然次は中に入って調査となるだろう。火薬も持たない文明に、大量破壊兵器を持つ軍事基地を明け渡すということが、どのような結果をもたらすのか、リョウには想像もつかなかった。


 だが、不安を感じる一方で、一万年前に起こったことの手がかりがこの基地で分かるかもしれないという期待も抱いていた。なぜこの基地からミサイルが発射されたのか、そして、どうして自分が一万年も放置されたのか、調べられるものなら調べたい。


(俺は……どうすればいいんだ?)


 この相反する思いに、どうすることが正しいのか、リョウは決めかねていた。


「リョウ、詳しくはまた後で聞かせてもらうとして、まずはお礼を言わせてくれ。君のおかげで、これまでのたった数日で、数十年分の研究が進んだ」

「いや……」

「このあと、準備が整い次第、扉を開けていよいよ中に入ろうと思う。案内を頼むよ」

「……ああ、分かった」

「あ、その前に、リョウさん、扉の開け方をご存知ですかい?」


 エドモンドが苦笑いで彼に尋ねる。


「え?」

「いえね。さっき、試しに扉を開けてみようとしたんですが、うまくいかなかったんでさあ」

「そうなんですよ、これまで発見された遺跡と違って、開閉ボタンもないですし」

「ああ」


(そうか。こいつらは生体認証システムを知らないんだ……)


 この扉は、横にあるパネルに掌を当てて、掌紋とDNAからID認証を行うことになっていた。だが、彼らはその使い方を知らないのだ。それに、データベースに登録されていないため認証コードが必要となる。つまり、現時点ではリョウしか扉を開けることができない。


(なんとか、自分だけ先に入るように話を持っていけないだろうか……)


 全ての機密を破棄するのは自分にはできないにしても、基地内の主要な扉にロックをかけるとか、通路内の隔壁やシャッターを下ろすなどして、発掘隊の行動を制限することはできるはずだ。そのために、まずは一人で基地に入り、発掘隊が捜索しても差し支えがないように準備がしたい。そう考えていたときだった。


 突然、アリシアたちの背後、広場の方で何かが光った。

 一同が振り返ると、大きな光の玉が光り輝いているのが見える。


「なんだ、あの光は?」

「ああ、あれ? 誰か来たのよ。ベルグ卿かしら」

「へっ? それはどういう……」


 最期まで言い終える暇もなかった。

 光が消えると、地上から数十センチ上の空間に1メートル半ほどの穴のようなものが開いていた。そして、そこから男が顔を出したのだ。


(な、なんだあ……?)


 まったく現実感のない光景に、リョウの思考が一瞬止まった。

 そして、まるで空中に開いた洞窟から出てくるように、黒いローブを着たその男が腰を屈めて地面に飛び降りる。


「なんてこった……」


 リョウは自分の目がにわかには信じられなかった。

 それは、どう見ても亜空間トンネルを使ったテレポートだったのだ。


『リズ!』


 リョウは我に返ると、ほとんど叫び声に近い思念で呼びかける。


『お前のあらゆるセンサーを使って、あの現象を記録しろ。そして、原理を分析してくれ』

『了解』


 言い置いて、リョウは取り憑かれたように凝視する。

 そうしているうちに、一人また一人と穴から現れた。

 いずれも黒いロングローブを身に着けている。


(全く、どうなってんだこの時代は。冗談もいいところだぜ……)


 驚愕しているリョウの横で、アリシアを始め、アルバートたち、いや、村人たちでさえ平然としていた。この光景を見慣れているのは明白だった。

 彼の時代で、まだ実用化に程遠いこの技術が、ここでは当たり前のように使われている。 


「なあ、アリシア、あれは魔道なのか?」

「そうよ。えっと、テレポートって分かる? 別の場所から別の場所に瞬間移動する魔道のことなんだけど……」

「い、いや、それは知ってるんだ。俺の専門分野だし……」


 まさか、この時代の人間にテレポートを噛み砕いて説明されるとは思わず、戸惑った。


「あら、あなたはテレポートの研究をしていたの? でも、初めて会った時、空間と物質の研究って言ってなかった?」

「あ、いや、きっとテレポートって言っても分かってもらえないと思って……」


 アリシアが苦笑した。


「なんだ、気を遣ってくれたのね。でも、この時代でもそんなに珍しいものじゃないわよ。火の玉ほど簡単じゃないけどね。高位の魔道士でも何年も修行を積まないとだめらしいわ」

「はあ、なるほど……」


 自分たちの文明でもテレポートぐらいは使えるという彼女のニュアンスに、頭がグラグラする思いだった。


 科学的に言って、火の玉や氷柱を作るのと、亜空間に回廊を作り出すのとでは、必要なテクノロジーとエネルギー量のケタが違う。リョウの時代の科学力をもってしても、テレポーターはまだ実用化には程遠い上、大量の反物質エネルギーが必要とされるのだ。

 それを、高位の魔道士だろうが何だろうが、修行を積んだぐらいで人間が出せるというのが驚異的である。にもかかわらず、火の玉と同列に語られること自体が、信じられない。裏を返せば、彼らにとってテレポートとはその程度のものということだからだ。


(これじゃ、こちらが後進文明から来た未開人みたいだぜ……)

(いや、本当にそうなのかもな……)


 彼らが行なっているのは、「ダークマターとダークエネルギーを駆使した、亜空間トンネルによる瞬間移動」である。こんなものは、自分たちよりも相当に進んだ科学力がなければ無理だ。

 この時代の低い科学力に目を向けず、ただ、技術として何ができるかを純粋に比較すれば、そう思うのが自然かもしれないとリョウは思った。


 そこでふと気がついた。先ほどガイウスが言った言葉の意味である。


「もしかして、さっきおっさんが言ってたのって……」

「ええ、そうよ。彼はアルティアからテレポートで飛ばしてもらったのよ。やっぱり総長にもなると違うわね」

「それで、役得って言ってたのか……。まいったな……」


 奇妙な敗北感を感じながら、リョウは中空に開いた穴に目をやった。



「これはグスタフ殿」


 リョウがテレポートに度肝を抜かれている間に、アルバートは来訪者たちに歩み寄り、最も位の高そうな人物に呼びかけた。


「ベルグ卿がお見えになるのは夕刻だと先触れがありましたが」


 グスタフはいかにも高位の魔道士らしく、他の者たちより高級な黒のハーフローブを着ていた。年齢は五十才ぐらいで銀色の髪を短く刈り上げ、目付きが鋭くがっしりとした体格で、うかつに近づくと問答無用で斬られるような、何か近寄りがたいオーラを発していた。


「あの人がベルグ卿の副官で、テレポートの術者よ」

「へえ」


 グスタフは、アルバートの声が全く耳に入ってこなかったかのように無視して、声を張り上げた。


「皆のもの。ベルグ卿の御成りである。控えるがいい」


 アルバートたちと村人たちは、スロープから離れて、グスタフから少し距離をとって集まり、ひざを付く。アリシアたちも慌ててそれに従った。


「リョウも早く」

「お、おう……」


 アリシアに促され、リョウもしゃがんで片膝をついた。


 一同がひざまずくのを確認して、グスタフも空間の穴のそばに片ひざを付いて頭を垂れる。


「閣下」


 するとすぐに、空中の穴から一人の男性が現れた。おそらくこれがベルグ卿だろうとリョウは察した。


(すげえ顔つきだな……)


 ようやく、テレポート呪文の衝撃から立ち直り、ベルグ卿その人へと興味が移る。


 ベルグ卿は中肉中背で五十代後半から六十代ごろのように見えた。すっかり灰色になった髪を肩まで伸ばし、貴族らしく上品な茶色のジュストコールを身につけている。

 おそらく、顔の造作自体は端正な部類に入るであろう。しかし、刺すように鋭く冷たい目と、眉間に刻まれた深いシワ、さらには内なる怒りや不満、恨みに長年さいなまれたものだけが持ちうる陰鬱な表情によって、周りをひるませるような印象を与えていた。

 しかも、どことなく病的な偏執を感じる。一体どんな人生を歩めば、このような人相になってしまうのか想像もつかないが、決してお近づきになりたくない類の人物であった。


 ガイウスの言葉を思い出す。


『わしもいろいろな人間を見てきたつもりだが、あれほど、妄執にとりつかれた人間はみたことないな。よっぽど、恨みつらみがあるんだろうよ』


(あんな顔になるぐらいなんだ、よっぽど深い恨みなんだろうな)


 それはそれで辛い人生だとリョウは思った。怨恨は相手だけでなく、自分をも蝕む。まさにベルグ卿がその証明であろう。


「閣下、おいで頂き、恐縮でございます」


 前方ではアルバートが、ひざを付いたままベルグ卿に頭を下げ、言葉をかわしていた。


「アルバート、これまでの成果を見に来たぞ。棺から旧文明人を見つけたそうだな」

「はっ。それに、遺跡への扉を見つけました」

「なんと、それは誠か?」


 ベルグ卿が驚いた声を上げた。


「は。ちょうど今、扉を開けて中に入る算段をつけておったところにございます」

「むう。扉はどこにある?」

「こちらでございます」


 アルバートが立ち上がって、扉の方向を指し示しながら、案内しようとすると、ベルグ卿が手を振った。


「いや、かまわん。その方たちは控えておれ」

「は……」


 そういい置いて、ベルグ卿は扉へのスロープに向かって歩き出す。グスタフとお付きの魔道士たちは当然のように、彼の後ろについていく。

 

 なんとなくその一幕を見つめるリョウ。

 だが、その時だった。


「ああっ!」


 突如、予想だにしなかった理解と認識がリョウを襲った。

 いきなり頭を殴られたかのような衝撃を受け、彼は反射的に立ち上がる。


(ウ、ウソだろ……)


 リョウは、自分が看取した事実を受け入れきれない。

 だが同時に、自分の理性とこの世界での経験がそれが現実だと告げている。


(まさか……)

(本当に……そんなことが……)


「リ、リョウ、どうしたの?」


 アリシアが驚いた顔で隣から声を掛けてくる。だが、応える余裕は彼にはなかった。

 

「おい、貴様、卿の御前であるぞ。控えよ、無礼であろう!」


 お付きの魔道士の一人がリョウに気がついて立ち止まり、彼を指差して、厳しい叱責の声を上げた。


「リョウ、立っちゃダメ。座って。不敬罪で捕まっちゃうわよ」


 アリシアが焦った様子で彼の腕をつかんで、懸命に座らせようとするが、彼はそれどころではなかったのだ。


「どうしたのよ、一体。ねえ、リョウ? リョウ?」


 アリシアが不安げに、横から何度も呼びかける。だが、リョウはそれに一切反応せず、ただひたすらベルグ卿の姿に見入っていた。

 驚きの感情はもうない。むしろ、彼の姿を見て胸に迫ってくる悲しみと時の重みに流されそうになっていたのだ。


(どうして……こんな……。本当に……お前なのか……)


 そして、痛切な声で、その名前を呼んだ。


「キース……」



 この発掘の依頼者、ベルグ卿。

 それは、カレンの兄であり自分の親友でもあった男の変わり果てた姿だったのだ。





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