30 心臓の音、うるさいよ


「私の事、守ってくれる?……」

「え?」



 胸に手を置いて、上目遣いで見つめる火憐。

 彼女はなぜか複雑な表情だ。

 正直怖いのだろう、またあの化け物モンスターと戦う事になるかもしれないのだから。

 でも、俺が氷華を助ける事を邪魔したくはない。



 火憐は相反する二つの想いから、ついて行くが守ってほしい、という言葉が出たんじゃないかな?

 そこまで気を遣わなくてもいいよ……。

 俺は別に、「助けてやる」とかそんな上から目線で振る舞うつもりはないんだ。

 だから彼女の肩に優しく手を置いて語りかけた。



「もちろん。火憐の事は何があっても守るから」

「あ……ありがと……」



 火憐は頰を赤らめながら地面に視線を向けた。

 顔を下に向けたまま、照れている様子で何か小さく呟いている。

 両腕をピンと伸ばして手を握りしめているんだ。ペンギンみたいで可愛い。



「私はあなたのこと虐めてたのよ。なんで……なんでそんなに優しいのよ……」

「……もしかして照れてるのか?……」



「照れてないわよ……」



 火憐がゆっくり顔をあげようとし始めた。

 もう少しで彼女の照れた顔が見れる……そう思っていたんだ。

 でも、彼女は俺に照れた表情を見せるつもりはないらしい。顔がもう少しで見れるところで体重を前に移動してきた。

 そして……。



「え?」



 ⦅バッ……⦆



 火憐は俺に抱きついてきたのだ。彼女の顔は俺の胸に隠れて確認する事が出来ない。

 いやそんな事よりも、なんで……なんでこうなってるんだ。なんであの強気な火憐さんが俺に抱きついているんだよ。

 今度は俺の方が照れてきちゃってさ……どうしたらいいか分からないけど腕を彼女の肩に回していた。

 これはもちろん、ドラマの真似だ。

 すると火憐は、俺の胸にうずくまったままでボソッと呟いた。



「迷惑じゃない?……」

「も……もちろん」



 あたかも冷静であるかのように俺は振る舞った。言葉だけでも慌てていないと思わせたいからだ。

 でも、そんな嘘はすぐに見破られてしまった。

 彼女は俺の言葉の後に、少し笑いながら胸から離れたんだ。そしてこう言ったよ。



「ふふ……蓮君、緊張してたんだね」

「な、何で分かるの?」



「心臓の音……うるさかったよ……」

「あっ……」



 しまった。火憐は俺の胸にうずくまっていたんだ。

 言葉は誤魔化せても体は誤魔化せない。

 緊張で鼓動が抑えられなかった。

 恥ずかしい……照れた顔を見られるよりも、なんかめっちゃ恥ずかしい。

 今度は逆に俺が顔を赤くしてしまった。



「あれ? もしかして照れてる?」

「照れてないから」



 火憐が俺の顔を見つめる。

 くっ。こんな顔見られたくない、なんか恥ずかしいから!

 何とか両手で顔を隠したのだが彼女はそれでも攻撃してくる。今度は彼女のターンのようだ。



「ちょっと蓮君。顔を見せてよ〜」

「いや、もうちょっと待って」



「ふふ、やっぱり照れてるんだ」

「ち……違うから……」



「ほらほら〜。なら、手を外してよ〜」

「ごめん照れてる! 照れてるから顔を隠させてくれ」



 火憐が俺の手を外そうとちょっかいをかけてくる。お腹をくすぐってきたり、直接手を外してこようとしてきたり。

 でも、俺はそんなんじゃ負けないぞ。

 そう思っているとドローミが呆れた声で話しかけてきたんだ。いい加減イチャつくのをやめろってな。



「少年たちよ……貴様らは婚約者か何かか? いい加減足を進めるべきだ」

「そ、それもそうね」



 火憐は苦笑いを浮かべながら、俺に攻撃するのをやめてくれた。

 彼女も『婚約者』という言葉に反応したのか、彼女もまた照れ出したんだ。

 口に手を当てて視線を下にずらした。

 それを見て俺は顔から手を外したよ。これでお互い様だ。



「なぁ火憐」



 そして、俺はまた右手を差し出したんだ。今度はセリフが違うけどな。



「一緒に前へ進もう」



 俺だ差し出した右手……今度はダンジョンへと誘う手だ。本来なら誰もそんな手は握らない。

 だけど火憐は違った。



「うん」



 彼女は俺の手を握りしめながら、優しく微笑んでくれたんだ。

 そう。これで決まった。

 俺はさらにダンジョンの奥へと進む。

 幼馴染の氷華を救う為、信じてくれた火憐に応える為に。

 たとえ……。



 ――どんな困難が待っていようとも。

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