第26話 聖鎖

 

 手枷に繋がっている鎖が言葉を発した。

 見た目は単なる鎖なのに一体どうなってるんだよ。

 しかも、両腕からそれぞれ垂れる鎖が、同時に言葉を発するせいで変な感じに聞こえる。

 まるでエフェクトのかかった音声だ。

 それでも御構い無しに、鎖は言葉を続けたけどな。



「は?……ってヒドいですよ!! 私はこれでも伝説の鎖! ドローミなんですから!」

「……………へぇ」



「それだけですか?……」

「……うん」



「へぇ……って何ですか! 反応が雑ですよ!!」

「…………」



 声だけだから感情がよく分からないけど、鎖は怒っている様子だ。

 そんな中で俺は関心していたよ。鎖にも名前があるんだなってさ。

 ……っていうか、最初の話し方とだいぶ変わってる様な気がする。

 俺は、少し可愛いなと思ってニヤケながらそれを指摘したんだ。



「てかさドローミ。話し方がだいぶ砕けたよな」

「あっ……」



 俺の言葉にドローミと名乗る鎖は、変な声を出して少し黙ってしまった。

 う〜ん。伝説の鎖とかいうわりには精神が幼い様な気が……声が女児そのものだから余計にそう感じる。

 そうそう。それに、そんな声で「我……」とか言われると違和感しか感じない。

 まるで中学生が背伸びをして話してるみたいだ。

 そうやって口元を緩ませていると、ドローミがまた喋り出した。



「ゴホンッ! わ……我は伝説の鎖。過去に神を封印した神聖なる鎖である。以前はダンフォールと契約しておったはずなのだが。お主、名は何という?」

「俺は市谷いちがやれんだけど……」



 一応名前は答えたけどさ。俺の顔はこわばっていると思う。

 ダメだ。色々な事が一気にきて頭の処理が追いつかない。

 伝説の鎖? 神を封印した?

 この鎖は何を言っているんだろうか?

 とどのつまり俺が聞きたい事は一つなんだ。

 それは……。



「ほぅ。変わった名前であるな……では、市谷いちがやと呼ばせてもらおうか」

「はぁ……いや、そんな事よりもなんで鎖が喋ってるんだ?」



「…………」

「どうした? ドローミ」



 あんなにお喋りだったドローミが急に黙り込んでしまった。

 この質問はタブーだったのかな?

 もしかしたら何か深い理由があるのかもしれない。

 例えば、呪いで鎖にさせられているとか。神様とやらを封印するのに自ら犠牲になったりとか……。

 軽率な質問だったかな?……

 そう思うと自然と言葉が出ていた。



「ごめん……」



 しかし、俺が心配するような事は無かったみたいだ。

 あっけらかんとした口調でドローミは会話を再開させた。



「市谷よ。何を誤っているのだ? 実は記憶が無くてな。我は目が覚めた時には既にダンフォールの手枷となっていたのだ」

「結局、分からないのか」



「うん………」

「………」



 俺とドローミが沈黙する。

 俺、分かったんだ。多分ドローミといくら話しても鎖の謎は解けなさそうだって。

 ドローミも何故か申し訳なさそうな声を出してから、喋らなくなった。

 そうやって俺が鎖を見つめていると急に火憐が叫んだ。



「ちょっと蓮! まだ戦闘は終了してないのよ!」

「あっ」



 まだ戦闘は終了してない。

 それは分かってるんだ。でも、頭では理解していてもこれだけの力を持っていれば絶対に勝てる。

 そう思うとどうしても気が抜けちゃうんだよな……。



 〈ジジッ……〉



 〈コマンドを選択してください〉

―――――――――――――――――――――――

   選択時間:1分

→ ●戦う

  ●逃げる

―――――――――――――――――――――――




 そのタイミングで、ちょうど機械音が鳴った。

 そうだな、まだ戦闘は終了していないんだよな。ちゃんとやらないと……。

 俺は火憐の方向を向いて苦笑いした。



「ごめん火憐。集中しないとな。ははは」

「全くもう……」



「鎖がどうしても気になってさ……」

「はぁ……で、蓮君。私は何を選べばいいの?」



 視線の先の彼女は呆れた表情でため息をつく。

 彼女も心に余裕が出来たようだ。表情がだいぶ明るくなってる気がする。

 そんな火憐を見ていると俺も明るくなるんだ。

 胸に拳を当てて彼女の問いに答えたよ。今度は魔法を使ってくれってな。



「誘導魔法を選択してくれ」

「……で、でも」



「さっきの見ただろ? 俺のステータスは一万を超えてるし、何よりこれがある!」



 ⦅ジャラッ!⦆



 俺は右手を上げて、火憐に手枷が見えやすいようにした。

 それに誘導魔法に賛成なのは俺だけじゃ無い。ドローミも彼女に向かって話しかけたんだ。



「小娘よ安心せい。我がこの脆弱な市谷を守って見せよう」

「こ、小娘?」



 ドローミの発言に対して火憐は口を歪ませた。何か失礼な事を言われた……そんな反応だ。

 ドローミは分かっていないようだが、もちろん俺は分かってるさ。火憐がなんで怒っているのかが。

 だから、ドローミに発言を訂正してもらったんだ。



「おいドローミ! 火憐はプライドが高いんだ。言葉を選んでくれ」

「プライドが高い……。そうであったか……それはすまなかったな。娘よ」



 ドローミは気が使えないみたいだ。でも、これで安心。火憐も機嫌を取り戻し……ってあれ?

 火憐を見ていると、怒りの矛先はドローミではなく俺に向いているように感じる。

 俺……何かマズイ事言ったっけ?……



 俺は火憐が怒っている理由も分からないまま、その怒った表情に向かって微笑みを返した。

 でもやっぱり、彼女は腕を組んで頰を膨らませ、強い口調で俺に声をかけてきたんだ。まだ怒ってる……。



「れ……蓮君? 私の事どんな性格だと思ってるの?」



 怒りと悲しさが混ざり合った声が聞こえた。

 彼女は自分の胸に手を当て、前かがみになって俺を見つめている。

 火憐はどんな答えを望んでいたんだろうか?

 彼女の意思を汲め無かった俺は……。



「はっ。ははは……。は、早くコマンドを決めなきゃ」



 笑ってごまかした。

 ダメだ。

 こういう時何て言ったらいいか分からない。

 もちろん、こんな事で誤魔化せるわけもなく、彼女の怒りはまだ収まっていない。

 俺が、視線を化け猫に移してもまだ話しかけてくるんだ。



「ちょっと蓮君!?」



 横から聞こえる声……。

 火憐は今どんな顔をしているんだろうか……。

 俺は恐怖に震えながら、『戦う』のコマンドを選択した。

 すると……。



―――――――――――――――――――――――

   選択時間:40秒

→ ●物理攻撃

  ●魔法

  ●身を守る

  ●アイテム

―――――――――――――――――――――――



 表示された画面を見て、思わず微笑んでしまったよ。

 以前は選択出来なかった『物理攻撃』と『魔法』のコマンドが使えるようになっているんだ。

 よし……戦うことが出来る。

 俺はそっと拳を握りしめた。



 さて、じゃあ何のコマンドを選択しようか?

 今の俺の物攻は1万だ。

 なら、通常攻撃だけでも十分にダメージを与えられるんじゃないか?

 そう思って『物理攻撃』を選択しようとしたその時だった。



「待て市谷いちがや!」

「え?」



「いいから! 選択するな!!」

「あ……分かっ……た」



 これは火憐の声じゃない……ドローミの声。

 急に大声を張り上げて、俺が選択するのを止めたんだ。

 まるで『物理攻撃』を選択しちゃダメだって言ってるみたいに聞こえた。

 なんで俺の選択を止めたんだろうか?……俺は多少の疑問を感じつつも、ドローミの言葉を聞いた。

 するとどうやら、を選択しろとの事らしい。ドローミは自信に満ち溢れた声で言葉を続けた。



市谷いちがやよ………」



 ――『魔法』を選択するのだ。

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