第14話 優しさの末路

 


 化け物から、攻撃対象に指定された松尾。彼女は恐怖のあまり泣いていた。


 松尾の泣き声がダンジョン内に響き渡る。

 それとともに、気色悪い化け物の鳴き声も聞こえてきた。


「ァァァアヴヴヴ」


 その化け物は、松尾が座り込んでいるちょうど手前の地面からゆっくりと姿を現している。

 頭を捻り体を捻り、なんとか地中から出ようと必死だ。



 そのおぞましい光景を目の当たりにして、俺は頭を抱えていた。



 俺のせいだ…誘導魔法を使わないでくれって懇願(こんがん)したから……



 ‐‐‐どうしたら彼女を助けられる?



 化け物の標的を俺にすればいいだけか……

 あれ?…


 俺は、化け物の姿を見ていたので気がつかなかったが、松尾の泣き声が消えてた。



 どうした?恐怖心がなくなったのか。



 恐る恐る彼女の方へ視線を向けると、体が地面に横たわっていた。



 なんで後ろに逃げないんだ。意味はないかもしれないが気休め程度にはなるのに…



 そう思っても彼女は動こうとはしない。いや動けないのだ。彼女は………



 ――気絶している。




 そう、彼女は極度の恐怖心からパニックを引き起こして、意識を失っているのである。

 本来ならば、それが一番良いのかもしれない。意識がない間にHPが『0』になるのだから。



 実際に目の当たりにした事がないので、HPが尽きた後にどうなるのかは誰にも分からない。

 しかしダメージを受けた俺は、なんとなく感づいていた。


 あの痛みは本物だった。HPが尽きた場合は恐らく……死ぬ。 

 このままだと松尾が死んじまうんだ。



 俺の心配をよそに、化け物は地面から抜け出したようである。

 トコトコと松尾の元へ行き、その無数の口から出る舌で太腿(ふともも)辺りを執拗(しつよう)に舐め回していた。



 獲物の味見という事だろうか?



 汚らしい光景から少し視線を外すと鮫島が映る。

 彼はその様子をただ黙って見ているだけで何もしようとはしない。

 俺は、その態度が気に食わなかったんだ。



「鮫島君!早く助けないと」

「知るかよ、俺の言う事を聞かなかったそいつが悪いんだろ」



 ダメだ。鮫島の奴、松尾を助けるつもりが全くないらしい。

 俺1人で何とかしないと。



 時間はまだ用意されているらしい……化け物が、一向に攻撃を開始しないのだ。

 もう一度、視線を化け物に集中させる。

 すると、なんという事だろうか化け物は、口を器用に使って彼女の制服上着を脱がせようとしていた。



 まさかあの化け物、松尾の心臓を喰らうつもりか?…

 化け物は、これまでとは桁違いの唾液量を分泌している。



「アァアアアヴヴヴゥ」



 化け物が鈍い雄叫びをあげた……その時、松尾が着ていたシャツの最後のボタンが外れた。

 もう彼女が着ているのは、下着のみである。

 ここまでくれば心臓を食い散らかす事が出来るのであろう。




 機械音での進行が再開した。




〈『呪猫(カース・キティ)』の攻撃『噛み付く』が、実行されます〉



 攻撃の合図だ。



 あどけない表情をしながら、気を失っている少女めがけて、化け物の歯が乳房に突き刺さろうとした。



 ――その瞬間



 ⦅コンッ!⦆



 化け物の頭に『何か』が当たった。

 まぁ『何か』っていうのは石なんだけどさ。俺が投げたんだ。そりゃ怖かったし……化け物に攻撃されるなんて、いやだったよ。

 けど……誘導魔法を使わなかった松尾を見捨てる事なんかできなかったんだ。



「人自体は動けないけど、他の物質は動けるんだな」



 化け物は、俺が石を投げた事を悟ると、こちらを向いて威嚇してきたよ。

 もちろん俺も、最大限の虚勢を張ったけどね。



「お前の相手は俺だろ…」

「アアアヴヴゥ」

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