第10話 チートなHP


 

〈今からダメージを、プレイヤーに貫通させます〉 


 俺の体は、震えが止まらなかった。

 ダメージをプレイヤーに貫通させる………そんなゲームは、存在しないんだから仕方ないだろ?

 怖いんだよ。



 しかも『1万』というダメージを貫通させるのだぜ。

 もし数値を正確に痛みに換算したなら、『1万』というダメージを受けた後に、俺は正気を保っていられるのだろうか。

 気の遠くなるような数字だ。



 自然と身構えてしまう。

 実際に、先程噛まれた箇所から異常な痛みが出てきた。



 ‐‐‐‐-‐まるで体の内部から食い散らかされるような、激しく鈍い痛み。



 立ってすらいられないほどだ。

 俺はその場で倒れ、噛まれた足に触らないようにしてその場でのたうち回った。

 みっともないと言われるかもしれない。

 でも、そうでもしないと、気がおかしくなりそうだったんだ。



「うぁあああああああ!!!」




 ヤバい、なんだこれ…意識が飛びそうだ…


 ダンジョン中に響き渡るような断末魔は5秒ほど続いた。たかが5秒と思うかもしれない。

 しかし、俺にとっては永遠に続くような……それほど長く感じられた。



〈ダメージ貫通、終了いたしました〉



 機械音が終了を告げた頃には、俺は地面でグッタリとしていたよ。体に力が入らないんだ。

 痛みが続いている訳ではない。けど、精神的に参ってしまって体を動かせる程、冷静じゃなかった。


 それに……次のターンにも攻撃を受けるかもしれない…そう考えると、何もかもが嫌になるんだ。



 こんな痛いのは嫌だ。帰りたい……



 俺は地面にうつ伏せになり、誰にも聞こえない声量で泣き始めた。

 もちろん、絶望に打ちひしがれているのは俺だけじゃない。隣に位置する松尾は、パニック状態に陥っているようだ。

 表情は見えないが、声を荒げている様子は理解できる。


「ちょっと鮫島!話が違うじゃない、このゲームは、『単なるゲーム』だから命には関わらないって…」

「はぁ? そんな事言ったか」

「言ってたわよ。あなたも、さっきの奴隷君の叫び声聞いたでしょ!本当に死んじゃうわよ」



 2人の会話を聞いていて分かった事がある。

 さっき俺が化け物に襲われている時、冷たい視線を向けていたのはそういう事だったのだ。

 彼女達はこれを『単なるゲーム』だと思って油断していた。まさか死ぬ事はないと。




 ヒステリックに陥り興奮状態の松尾に向かって、鮫島はゆったりとした口調で語りかけている。



「なぁ、松尾。どのみち全員が『逃げる』事は出来ないみたいだ。戦うしかねぇだろ」

「そうだけど…」



 鮫島の言う通りだ。もし、みんなが『逃げる』コマンドを押し続ければ、こちらのターンは何も出来ず、ただ相手に攻撃されるだけになる。



「そうね……戦うしか、ないわよね」

「そうだ。あと1つ言っておくが『逃げる』コマンドを絶対に押すなよ。――もし仮に仲間を裏切って逃げたとしたも、残った奴があの化け物に瞬殺されて追ってくるぞ」

「分かってるわよ、裏切るようなことはしないわ」



 この時の鮫島の声量は不自然に大きかった。

 恐らく、地面に寝そべっている俺にも聞こえるように話したのだろう。



 でも少なくとも俺は、裏切るようなマネはしないから大丈夫さ。

 攻撃値『0』の俺が1人になったら、確実に死ぬだけだからな。



「まだ少し痛むな…」



 攻撃された足をさすりながら、俺はようやく体を起こし始めた。

 生まれたての子鹿のように、フラフラと立ち上がる姿を鮫島は見ていたようだ。

 彼は目を大きく開けてこちらを睨んでいる。



「おい奴隷!何も表示されてないから死んじゃいねぇと思ったが、やっぱりか」

「本当に良かったわ… 私は、てっきり死んだものかと…」


「いや、そうじゃねえ!なんで『1万』もダメージ食らってるのに、お前生きてんだよ」

「鮫島、落ち着いて。ほら、奴隷君も何か言ってあげて」

「………」

「奴隷君?…」



 そう。機械音に響く音声は、戦闘中であれば仲間全員が共有できる仕組みになっていたのだ。

 そんな事も気づかずに俺は、『1万』のダメージを受けても平然と立ち上がってしまった。



 このままだとHPの秘密がバレてしまう。今ここで鮫島達に白状すべきなのか?…それとも、ごまかしてシラを切り通すべきなのか?



 そうやって考えているとさ。すぐには、松尾の問いかけに対して反応出来なかったんだ。

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