転生などは老衰後にお願いします。

牧野 麻也

第1話 トラックに轢かれそうです。

 目の前に迫る二つの眩しいライト。

 簡単にミンチにされそうなデカくて太いタイヤ。

 工事現場へ向かうところか帰るところか。


 そんな巨大なトラックが、今まさに私の眼前にあり私の身体を押し潰そうと迫ってきていた。



 突然ですがここで。

 今ダービー馬の如く走り回っている走馬灯より、私の冒険み溢れた人生を振り返ってみましょう。


 私、伊伏イブシ千草チグサ、二十八歳。日々、雇い止めに怯えながら派遣で企業に従事する枯れた女。

 今会社からいつも通り終電で帰宅して最寄駅から自宅まで歩いていた。

 そんな私の半生は、自分で言うのもなんだけど、驚くほどアクロバティックな人生だった。


 まずは物心ついた頃まで遡る。

 私が持ってる一番古い記憶だ。


 急流に飲まれました。


 後で親に聞いた話によると、まだ歩くのも拙いヨチヨチの分際で、親が少し目を離したスキにキャンプ場の横にある川まで歩いてって落ちたらしい。不幸な事は重なり、その日の川は前日の大雨の影響で増水していたとかなんとか。


 私が覚えているのは、ひたすら苦しかった事だけ。


 どうやって助かったのか分からないけど、私の脈略のないバラバラな記憶を何とかして繋ぎ合わせると、何かに川底から突き上げられて川岸に転がされた筈。

 親が言うには、随分下流まで流されたらしいが、運良く浅瀬に打ち上げられていたのだそうだ。


 詳しい事は何一つ分からないけれど。

 初っ端からそんなアバンギャルドな記憶から私の人生は始まる。


 ちなみに物心つく前には、ガスコンロで前髪を盛大に燃やしてパンチパーマの如くなったらしいが(更に眉毛とまつ毛も焼失)、覚えてないのでノーカンで。


 その次にある印象的な記憶といえばコレ。

 車に轢かれて空を舞った事。


 母親と保育園から手を繋いで帰っている最中。

 私が急に手を振り払って道に飛び出したらしい。私は轢かれた原因は憶えていないのだけど。

 憶えているのは、何かに強く空へと突き上げられた事。

 その日は秋晴れで、夕日に照らされ真っ赤に燃えるうろこ雲が綺麗だな、と思った事ぐらいか。


 その時の目撃者(母)曰く、急ブレーキを踏んだ車に跳ね飛ばされ、何故か輝く笑顔で飛んでったらしい。

 運良く道脇の垣根の上に落っこちて、軽い打ち身と擦り傷で済んだのだとか。


 あとは、小学校低学年の時に、朝顔の鉢を抱えたまま階段を降りようとして見事に階段落ちした事。幸い、抱えた朝顔の鉢に刺さった支柱とリングがクッションになり、顔から着地せずに済んだ。


 小学校中学年の時に図書館にて地震に遭い、留め具が壊れた本棚に押し潰されそうになった。反対側の本棚も倒れてきてくれたお陰で、本棚同士がお互いにになり、押し潰されずに済んだが。


 それから──ええと。

 色々ありすぎて、いちいち説明すんのが面倒になってきたから細かいものは省いて適当に流すと、


 ある時は手すりが壊れてて二階から落ちた。

 ある時は植木鉢がマンションから落ちてきて、立ち止まらなければ頭直撃してた。

 ある時は酔っ払いにぶつかられて駅のホームから転落して危うく人身事故起こすトコだった。

 ある時は突風に煽られて壊れた看板が頭を掠めた。

 ある時は漏電してたドライヤー掴んで感電した。

 ちなみに車にはあと二回轢かれている。どちらも運良くボンネットに跳ねあげられて大事には至らなかったが。


 極め付けは。

 一人暮らししてたアパートが、ガス漏れで大爆発した。


 家に帰って来て扉をあけようとして、鞄から鍵を落としてしまい、転がっていった鍵を追いかけて行って拾い上げようとした瞬間に、爆発した。

 玄関の扉の前に立っていたら、吹き飛ばされた扉と壁の間でグロテスクなサンドイッチの具材になるところだった。


 ……こう思い返すと……

 命の危機に何度も晒されながらも生き残れるって……凄くね?

 つまり私って、物凄く強運じゃね?

 もしかして、宝くじ買ってたら何度も一等前後賞当てまくってたんじゃね?

 悠々自適の左団扇生活出来てたんじゃね??


 が、しかし。


 そんな私の強運もここまでか。

 人生の走馬灯の振り返りも終わった。

 トラックが眼前まで迫っている。

 不思議と怖くなかった。

 ただ単純に、


 ああ死んだな


 そう思っただけだった。

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