第3話 帝都

帝国。

その名を知らない人物はこの星には存在しない。地表面積が地球の比ではないこの星中の人類全てを統一している上、既に2000を超える歴史を重ねている超大規模、超長寿国家である。

地球の歴史を見ると分かるが2000年続く国など有り得ない。血筋の枯渇、反乱、敵対国家との闘争、飢饉などの災害、その他いくらでも滅亡の方法はありそれを全て回避するなど不可能だ。

どれだけ優秀なものを揃えた国も経年劣化しその輝きを失う。伝統と革新のバランス、重ねたものが多いほど維持が難しいことなど誰でもわかることだろう。まるで止まることない積み木だ。過去がない限り挑戦すらできないが続けるほど崩れる危険はいや増すばかり。さりとて停滞などすればそれこそが終焉の鐘となる。

他を全て圧した独裁であればもしかしたら不可能では無いかもしれないが、であるなら現在の帝国の活気はなかっただろう。


「相変わらずの賑わいだな」

「城下町ってやつだね」

雑踏に紛れて俺はユリアと歩を進め、露店を冷やかしている。

「お?なんだあれ、ユリアわかる?」

「えっと……多分軽いマギテックアイテムだと思う。投石1回受けたら砕けるけど……」

「結構使えんじゃね。こういったのが量産できるのが帝国の強みだよな」

「うん、数は多いし練度統一して集団の個として運用できるし」

「それほどの道具が城下町とはいえ市に出るほど今の状況がキツいってことか」

「多分あれも最前線ように作ったものの失敗作とかじゃないかな」

「あぁ、なるほど」

そんなことを話しながらユリアと並んで賑わう城下町を歩く。周囲には市で賑わっており、食い物や服、日用品から先程話していた軍の型落ち品の魔導書や機関銃、マギテックアイテムなんかもあり見ていてなかなか面白い。

長い年月により積載した知識、経験は絶えることなく今も国にある。科学技術、魔法技術、武術や政治学に用兵学、そしてそれらの複合。さっきみたマギテックなどは魔法と科学の複合機器だ。ただでさえ21世紀地球より進んでいる科学系に加え、物理法則を限定的に無視できる魔法やステータスの存在は、2000年の時を経て想像も出来ない場所へたどり着き、未だ進む姿をこの城下町は特に感じることが出来るのだ。

「ほら」

「ん、ありがと」

適当に屋台で見繕った串焼きを食いながら目的地を目指す。何故か誰にも不思議がられることなく、軍服を着た男と金髪紅目の少女が進む先にあるのは黄金の城。

帝国が誇る最終防衛拠点であり、人類の中心である英雄の玉座だった。


超越者もアウトロー気取って生きられる訳では無い。超越者には超越者なりの理論、信念があるからこそ超越者足り得るのだしその理念に世間を必要とすることは決しておかしいことではない。

日常を守りたい。

誰かのために。

そんな渇望には一般人、常人の存在が不可欠だ。例えば上位の覚醒者はその気になれば酸素や食事なしでも余裕で生きていける。だが、それは自分が常識の埒外にいることを肯定する行為だ。大多数の一般社会に溶け込み、その繁栄を享受しその文の対価を労働として賄う。

基本にして常識。これを違えることは守るべき日常を汚す行為であり闘争の先に戻りたい世界を自分から抜け出すことになる。

そんな面倒な理屈どうとでもなる、と思うだろう。だが覚醒者は全員、例外なく重度の中二病者だ。自分の妄想が既存法則より正しいと心底思え現実の上書きが出来るほどの狂信者。故にみな強固な思想を抱き、それに則り行動している。たったひとつの行動、発言にもその渇望が関わっており行動が制限される。彼らからしたら当たり前の行為ではあるが、渇望に違えぬ自分であること、というのは覚醒者には必ず付きまとう特徴なのだ。蔑ろに出来るはずもないししよう等とは微塵も考えない。思考回路が違うのだ。


そんな訳で俺の渇望もその類、日常を守りたい系といってよい。日々の生活の質は良くしたいしそうなると人類の全てが参加している帝国に頼らざるを得ない。幸いかどうか知らんが先代の帝王にいつの間にか『騎士』階級を与えられていた事を利用し、現代帝王も現状この星の問題への対抗札として、互いの利害が一致し俺を含んだ旅団は傭兵兼軍属という立場になっている。

故にそのお膝元に呼ばれたならそれ相応の格好はするし、礼儀は弁える。失礼にならないように身支度をするのは当たり前だ。その辺を適当にしてアウトロー気取る男とか気持ち悪くて見てられない。

個人的に黒い軍服を気に入ってることもあり仕事の時もこうした呼び出しの時は着ているのだ。


露店の冷やかしをしつつ進むと徐々に活気が薄れてゆく。だがそれは神聖な場所に近づいたゆえの静謐さが原因だ。それを門の付近にたどり着くと城の巨大さがこれでもかと感じられる。既に建築されて2000年経っているはずなのにその輝きは衰えることなく未だにその威光は目覚しい。

見た目は地球で言うところのモンサンミッシェルが近いか。大きさは全く違うが方向性はだいたい同じだろう。そういった古来由来の雄大さと、近代由来の機能性の両側面を持ち、異様な威圧感をもつ黄金の城。実質的な人類の最終防衛地点であり、事実1年前にこの城は先代の帝王1人によって剣として、そして盾としてこれ以上ないほどの戦果を上げていた。

「どーすっかなー」

呼ばれたのだから普通に正門から声をかければ多分解決する。そのために着てきた軍服であり、この服はそれだけの意味がある。

ただ、それではつまらない。

どう驚かせてやろうか。今まで何度か同じことをしていたためネタ被りをしてはいけない。

(窓から飛びいるのは最初にやったし、変装したのもやった。空から城の真ん中に突っ込んだのは前回だし…)

とりあえず煙草を吸ってどう脅かしてやろうか考えていたがどうやらその必要はないようである。

「ユーーーーリアちゃーーーーーん!!!!!」

城の窓のひとつから人影が飛び出しこちらへ高速で落下してきた。そのまま隣にいるユリアに激突する。ギャグ漫画みたいに砂煙が……たつはずもなくそこには茶髪の少女に抱きつかれて目をオロオロさせているユリアが居た。

「もーいつ来るのかと思ったよーー!早く会いたくてうずうずしてたんだから!あーやっぱ可愛いなぁ!金髪!長髪!それに黒い軍服!それにその中学生クラスのロリ体型!やーぁ、強いなぁ!反則でしょ、かっこ可愛すぎ!」

いや言ってることは激しく同意だが流れるようにユリアを愛で始めた。それはいけない。

「何自然な流れでセクハラしてんだてめぇ。てかなんでお前がいんだよ」

「ん、いたんだ託羽君。私今忙しいからあとにしてくんない?」

「……おら」

少しだけ本気を出して時間を止め、停止した世界でユリアに張り付く変態をドロップキックで吹き飛ばす。そのまま城を囲む堀に落とし時間停止を解除する。

「う?にぁぁあぁあ、ぁらああああああ!!」

「悪は滅びた」

「ふ、ふぅ」

少し乱れた服をユリアが正しながらほっとしたような息を吐く。俺はそのまま遠ざかる変態の声を無視して正門に向き直る。やっぱり正面から入ろう。これ以上濃いキャラに絡まれるのは御免こうむる。

と思うものの、もちろんそうはいかない訳で

「何をするかぁ!」

まあ、覚醒異能で認識出来ないはずの俺を遠距離から見つけたこの変態はつまり同じく覚醒者。たかが自由落下程度でどうにかなるはずもなく当たり前のように堀から飛び出してきた。

「どうもこうもないわ。キャラ紹介としてはわかりやすいが節度をもてよ」

「何言ってのさ。覚醒者に常識説くほど無意味なことないでしょー?」

全くもってその通り。が、それとこれとは話が別だ。

(ってもこれ以上は意味無いな)

こいつと話していたらいつまでも終わらない。少し強引でも話を進める必要がある。

「ったく……どうせ前が案内役だろ。仕事しろ渡辺」

「ちぇー、りょーかい」

馬鹿っぽいし、事実覚醒者なので馬鹿ではあるが与えられた仕事を無視する類の奴ではない。促すと先導して歩き出す。

「行くぞ、ユリア」

「ん」

そうして大きな正門から俺達は入城した。


で、

「お前、何でここにいるんだよ。ディスオベイはどうした」

「それはもち帝都に用があるからだよ。戦力が私頼みだった一年前とは違うんだから。てか私がここにいるのは君のせいだし」

「はぁ、まあそれは何となく理解しているがねぇ」

この目の前の少女とは、まあ期間ではかなり長い付き合いだが別に話したことも両手で足りるしそこまで思考が読めるわけではない。

「まあ、その辺の話も王様から聞いてよ。基本私は使いっ走りだしね」

「お前を、か」

「ディスオベイ、てか地球組でから単独でこっち顔出せるのって私だけでしょ?」

「お前が出張れるだけ向こうが安定したってわけか。順調なようで何よりだよ」

「んー順調かって言われるとビミョーだけどね。所詮は二大勢力に入れない爪はじきの集まりだし?ぶっちゃけどっちかが本腰挙げたら一瞬で潰されるよ、私たち」

反乱軍『ディスオベイ』。その名の通り人類にも、魔族にも属さない、属せないものたちの集い。多くの行き場を失った、もしくは二大勢力と相いれない人、魔族が属している三大勢力。ということになってはいる。

「所詮二大勢力がぶつかり合って、さらに『天使』みたいな横槍があるからこそ力も規模のない私たちが生きてるってのはうちの上もわかってるよ」

「だろうな。なんせ生徒会長様は先代の帝王に会ってなお大局を収め切った奇才だ。ああいった覚醒者なんかの異常者じゃないトップだとその意味では安心か」

「荒事は私みたいな『異常者』の役目ってね。それに今は『狂祖』様もいるし」

「…ああ、あいつか」

頭に思い浮かぶのは一人の小柄でおどおどした態度をとる少年。が、以前あった時の印象は一変していた。個人的にはあまり肯定したくない奴ではあるが事実としてあいつと照史が居なければ地球からの転移組はもっと凄惨な様になっていただろう。

「…託羽、顔」

「ああ、悪い」

どうやら無意識に眉間に皺が寄っていたようだ。ユリアが心配そうに声を掛けられてしまった。彼女の頭に手をやり安心させるように笑う。

「心配するなよ。俺は最高にかっこいい男だぞ。男はな、カッコよくありたいと思ってるときは無敵なんだよ」

「…そうだね、わかったよ」

少しあきれたように、でも納得してくれる。帽子から見える紅い目がほほ笑んだのを見ていると、

「あーえーご両人?進んでいいかい?」

苦笑いをした案内人がこちらを見ている。

「悪い、そろそろだろ」

前回来た経験上そろそろ玉座の間、つまり俺を読んだ張本人がいるはずの部屋につくはずだ。てかもう見えてる。

「そ、ちなみに呼ばれてるのは託羽君だけだから。ユリアちゃんは私とお留守番ねー」

「え、あ、」

「行ってこい、話は聞いておく」

「そう…わかったよ、待ってるからね」

小さく手を振ってくるユリアに

「あー!!ーかーわーいーいー!!!」

なんか馬鹿が反応しているがおそらく話の間はあいつがユリアの相手をしてくれるのだろう。

(いや、むしろユリアが相手してあげる側かな?)

益体もないことを考えながら彼女らに背を向け玉座の間の大扉に向かう。

さて、上司に会いに行きますか。

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