time limited─ Zeit Inhaber─

kiharu

第1話 感染体

人気のない廃墟。地上100mを超えるビルの残骸がいたるところに立ち並び、過去の栄光を想起させる。今にも崩れかかっているその様子は、風化のようでもあり同時に人為的な破壊の傷もある。少なくとも、まともな経過をたどった末の姿ではないことは確かであり、数キロ四方はある枯れた摩天楼はかつてあったであろう威圧感を別の方向性になりながらもこうして保っていた。


そうした摩天楼のさらに最も高い場所。聳える電波塔の先端からかすかな紫煙が空に向かって伸びていた。その出元を探れば一人の成人男性が手に煙を上げるシガレットを持ち空をぼんやりと眺めているのがわかる。背を電波塔に預け、地上300mを超える高所でその男は一服しているのだ。

「……」

空へ消えゆく紫煙を見るその目はどこか虚ろで、回顧しているようにも見える。彼の視線の先には何もなく、ただ流れる雲すら視界に写ってはいないだろう。

20代半ば入りかけと見える顔つきに身長、少し長めの黒いくせ毛が風でかすかに揺れる。服装は軍服、しかも『騎士』クラスに与えられるものであるがそれを前を空けき崩し、だらしなく羽織っている。はためく軍服のコートとたばこが相まってどう見ても不良にしか見えない。細く閉じられた目が、適当に伸ばした髪が、そして何より彼の醸し出す雰囲気がそれを如実に表している。

「……10年前の俺が見たらなんて言うのかな」

「あまりの駄目男っぷりに失神すると思う」

「おい」

黄昏ていた男が目を閉じ、自嘲するように苦笑してはなった独り言に容赦のない突っ込みが彼の後ろから入る。同じ電波塔の頂点の反対側に腰掛け、吹く風に髪を抑えながら目を閉じ男を視もせずに言葉を放った女。

肩甲骨ほどまで延ばされた黒髪は、目元でボブカット風に切りそろえられている。簡素なワンピースは彼女の美しさを最大限発揮しているがそれゆえに彼女の羽織る男と同じ軍用の黒コートが異質さを表している。

そんな彼女は男の返しをまるでそよ風のようにスルーし、なおも彼女の攻勢を続ける。

「そもそも柄にもない黄昏をしてる時点で突っ込み待ちでしょ。この距離であなたの声が聞こえないはずのないのだし」

「いや、だからって男がかっこつけてる腰を折るのは女としてどうかと思うぞ」

「私を女として評価するならこんなところに連れてきているあなたもたいがいだけどね」

「……」

「……」

「くっ…ふふ」

思わず笑う男に、やはり顔を上げずに変わらず平坦な声で女が問う。

「珍しいね、あなたが笑うなんて」

「そうか?よく笑うと思うんだけど」

「違うよ。あなたがそうやって気を抜いて笑うのは珍しいの」

「……」

「というより自嘲が、かな。柄じゃないよ。そうだね…趣味じゃない、かな」

「そうかよ…」

その女の言葉を聞くと自分の中で反芻するかのように何度か煙草を口に持っていきながらも、やがて自分の中でまとまったのか苦笑しながら肩越しに女のほうを向く。

「そうだな…悪い、少し感傷的な気分になってな」

「あぁ、道理で柄にもない変な顔してるわけだ」

「惚れたか?」

「ん、あぁ~そだね」

互いに軽口をたたきあうその口調にはさきほどまでの空気はなく、気安いものがある。

互いに少し笑いながらこうした会話ができるのも、彼らの関係性ゆえだろう。

「よし、やるか」

「もう黄昏るのは満足したの?」

「うるさい」

絡んでくる女の言葉に反応を返しながら男は眼下に広がる街並みを、正確にはその一点を見据える。彼らかれ見たら米粒にも満たないそれは、だれもいないように思えたこの廃墟都市で存在する唯一であろう生物の集団だ。

男の左目から駆動音をかすかに響かせ覗きこむように観察する男の視線を追うように女も同じ場所に目を向ける。

「感染体、だな」

「うん、聞いていた通り。でも…」

「あぁ、どうやら『当たり』みたいだな」

見えないはずのものをまるでわかって当たり前のように話す二人

「ステージ2までしかいないって聞いてたんだけどな」

「まあいいんじゃないの?どうせ似たようなものでしょ」

「殺すなよ」

「はいはい、『抜き取る』んだよね。じゃあ私はほかの奴やるから」

「ほい。じゃあよろしく。」

咥えていた煙草を口から手に移し、指ではじくように眼下に捨てる。紫煙を引きながら回転し、落下していくそれを尻目に男は軽く伸びをしたのち、そのまま散歩に行くような気軽さで煙草に追従するように電波塔の頂上から空へ足を踏み出した。

コートと髪が乱れるが気にせず落下してゆく男。その少し上には同じように落ちてきたであろう女の姿がある。互いに軍用コートをはためかせ、音を立てながらその浮遊感に身を任せている。

そのまま落下し続け、体が感じる抵抗もきつくなりいよいよ地面に激突するか否かといったその瞬間。二人組より一足先に地面に着いた煙草の吸殻が着地地点から波紋を起こすように歯車上の魔方陣を描き消滅する。

その地点に軽く、今までの自由落下で得たはずのエネルギーなどなかったかのように男が、そして女が地面に着地した。

「よっと」

「……」

「さて、お前ら…」

「ん……あの、託羽?」

それは男の名前であろうか。女が男がなにか口上を述べようとするタイミングでかぶせるように声を掛けた。

「…なんだよ、櫻」

「今の、なに?」

「え?演出」

………

……

二人の間に冷たい沈黙が降りる。時が止まったかのような世界の中で、しかし女はいつものことか、と割り切ったのかすぐに男から目をそらして歩き出した。

「ノリ悪いなーかっこつけること忘れた男なんて死んでるようなものだろうが」

「…だからと言って反応をこちらに求めないでほしいな。馬鹿な男は嫌いじゃないけど、それに付き合わされる女の身になってよね」

「何言ってんだよ。お前にしかふらねえよ」

「…そういうことはユリアに言ってあげなよ」

殺し文句を吐く男に、うんざりしたように女は返す。

しかし、この場は明らかにおかしかった。なぜなら、この男女は声を抑えて会話しているわけでもないのに目の前にいる生物らが一切の反応をしていないのだ。

飛び降りる前の話を考えると、目の前にいる異形が二人が言っていた『感染体』とやらだろうか。今では数十mの距離しかなく、常人でもその姿を認識することは可能だろう。

そこにいたのは7体の異形。両手足があり、二足歩行をしている人型ではあるがその肉体、骨格は人とはとても思えないほどに歪んでいる。大きめの顔に猫背気味の背中、各種の筋肉はあり得ないほど肥大化しており、全体的に『獣』を感じさせる。おおよそ『ゴブリン』やら『オーク』などがこいつらと言われたらあっさり納得できそうな外見だ。

しかし、彼らを差してゴブリンだというものは決していないだろう。なぜなら、彼らの肉体が異常であったとしてもそれ以上の不可解さ、アンバランスを感じる付属品があったのだから。

すなわち『ジャンル違い』。いかにもファンタジーの敵キャラのような姿の彼らの全身いたるところにテクスチャを張り違えたかのように機械のパーツが見え隠れする。

その中でも一匹、それらから大きく離れたものがいる。姿形こそ同系列であろうことは推察できるが、雰囲気というか、オーラというか。まとうものが異なる印象を与える個体が一体。

おそらくこれを差して男は『ステージ2だけじゃない』といったのだろう。明らかに周りと格が異なる一体だ。

他の6体が安定しているのに対してこいつだけ明らかに安定していない。程度の問題はあれど一応その身に宿った異常を制御しているほか個体とは一線を期している。まるで爆弾だ。己の中で制御していたはずのものが適応してしまい、より強力になって再び活動を開始した形態。いつ爆発するかもしれず、本人にさえ制御しきれていないのだ。

しかし、そんな状態の彼らを目の前にし、その危険性を理解してなお男女の態度に変化はない。

変わらず感染体は男女の存在に気が付かないが、それが当然であるかのように彼らは対応している。

「で、さっきは止められたけど今度は邪魔すんじゃないぞ」

「はいはい、わかったよ」

そう言うと男は首にかけていたヘッドセットを頭に装着する。同時にコードが射出され、男の体を螺旋状に延びながらその先端が地面に接する。

すると周囲が塗り替わったかのように変化した。特に何かが変わったわけではないように見えるが、一帯が男の意思に侵されていくような。

「さあ…」

無造作に横に伸ばした手が、空中に沈むように消え虚空から2mはある大鎌が引き出される。駆動する左目とヘッドセットが辺りに響くのが妙に耳に残る。

そうして

「時計が止まる頃合いだ」

時間のズレが正された・・・・・・・・・・


はっとするかのように顔を一斉に男のほうへ向ける感染体たち。まるで今までそこにいることを一切認識できていなかったかのように見える。

しかしそんなことを機に介さずに男は上位個体に肉薄した。予備動作すらない疾走。物理法則を無視した行動回数を有しているように思えるその速度のまま手に持った鎌の刃光が残光となり疾走の軌道を描く。

圧倒的速度による蹂躙。相手の一動作のうちにもう一方は数百の行動を終了させているのは、それこそ理不尽だろう。男たちの接近を察知したものの、感染体は行動が間に合わない。

が、男は容易く振るえたであろう刃が走ることはなかった。急接近した男がそのままそっと、手で肩を叩くように気軽に相手の体に触れた。

「アッ…ガッ!」

その瞬間、感染体がいきなり膝を地面に落とした。そのまま体を前のめりに倒れ伏し、抵抗なく、気絶したかのように、立つことを忘れてしまったかのように。


「……」

一方ほかの6体と女が相対していた。男が行動を終了させたあとも、ほかの個体は本能的に男に気圧されたように二の足を踏んでいた。が、そんな彼らをそのままにするわけもない。

「ごめんね。そもそも君らを消すのが依頼だったしね」

その言葉を理解できていたのかはわからないが、六体は覚悟を決めたかのように彼女に迫る。その速度やほかの個体との連携は見た目からはおよそ想像できないほどの完成度だった。

しかし、それは彼女にとって全く問題にならない。人数差、体格差はある。が、それ以上の差が彼我にはある。さっと前に踏み出した彼女めがけて迫るいくつもの殺気と機械の爪牙。

命を散らさんとするその狂爪を前にしつつなお彼女の歩みは淀みない。

迫るそれらを見据えたまま、触れないぎりぎりの距離で躱す。

「ギッ⁉」

ただそれだけで6体はバランスを崩し、仲間であるはずの爪牙で傷ついてゆく。

「…」

その様子を一歩下がって眺める彼女は再び彼らに肉薄し、周囲を舞う。当然対応しようとする感染体だが、行動がことごとく自軍を傷つけるという結果にしか結びつかない。

不思議な光景だった。彼女は一度だって、感染体に触れていないのに。

柔術、合気。他人の力を利用する体術は存在するが攻撃してくる対象に触れすらせず誘導しきって敵を御すその絶技は瞠目に値する。

観察力、分析力、判断力に行動力。はじき出した結論から導いだされる行動を実現できる圧倒的身体能力。どれをとっても最高位の素養を用いなければ不可能だ。

そもそも人型ですらないといっていい感染体の筋肉の動き、癖、予備動作や可動範囲、踏み込みのための地面や大気の状態に至るまで、一瞬で理解しているからこそできるのだ。

それが同時に6体。人間業ですらない。

体をずらし、行動を誘導し、触れずに自壊させる摩訶不思議の様相がここに顕現している。

そのまま彼女は男に声を掛ける。

「どう?そっちは」

「ん、収穫ありだ。禁忌自然の場所はわかった」

「おーなら十分だね。帰る?」

「そうだな。面倒だから一緒に奪っていいか?」

「んーいいよ」

気の抜けた会話を何かしていたらしい男と回避しながら続けていと、すでに絶命寸前だった目の前の6体が、そして男の前で倒れ伏した一体が急に消滅した。

まるで初めからいなかったかのように。

ヘッドセットを再び首にかけなおしている男に彼女が近づきながら声を掛ける。

「ん」

「ん、はい」

会話にすらなっていない会話だが、彼女は男の意図を汲んだようでいつの間にか腰に下げていた日本刀に手を掛ける。

数センチだけ黒い刃が顔を見せたかと思うと、彼女の周囲に瘴気のようなものが漂う。彼女からにじむように発生する黒煙が、一層濃くなったかと思うと一気に周囲へ向けそれらが拡散した。

その瞬間に廃墟がその存在を手放した。一瞬吹き荒れた暴威によってもともと平地だった場所にポツリと存在していた直径数キロの廃墟は跡形もなく消滅したのだ。

「はい、おしまい」

「おつかれ」

チン、と音を立てて再び刀を鞘に戻した彼女は男の方を向く。男も彼女に手を差し伸べ、エスコートするように彼女の手を握った。

「お嬢様、では参りましょうか」

「あ、今の言葉、録音したから」

「おい待ててめえ」


少し騒がしくしながらも二人の姿は影も残さず消える。

その数秒後、某所。

「おい、戻ったぞ」

「ねえユリアー、聞いてよさっき託羽がねー」

「黙ってろ。おいス―、こいつどっかに捨ててこい」

動きを停止した女を尻目に、上着を受け取った白髪の少女メイドに命令している。

「了解しました」

すぐに再起動した女を再びメイドが停止させ、それを解除され、の茶番を繰り返す二人を横目で見ながら帰ってきた家のテラスに出る。

そこにいたのは煌く長い金髪と、深淵のように深い赤目を持つ少女。

月明かりに照らされたその姿を眺めていると、男に気が付いた少女に向けて声を掛ける。

彼女も男のほうを向いて微笑んでくる。

「ただいま、ユリア」

「うん、お帰りなさいだよ、託羽」

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