20

「…よ」


「あ…」


 真音の…告白があって…一週間。

 木曜日。

 校門を出ると、真音がいて。


「……」


 両手はポケットで…少し前のめりになって…

 あたしの事…チラッと見て…


「…俺、彼氏…って事で、ええ?」


 らしくない…小声で言った。


「……」


 あたしは…昨日の高原さんとのやり取りを思い出して、カーッと赤くなって。

 抱きしめてた鞄を、もっとギュッと抱きしめて…


「…うん…」


 小さく…頷いた。



 それからー…歩き始めたけど…お互い照れ臭くて…無言。

 あたしは…真音の少し斜め後ろを…時々真音の背中を見て。

 真音は…時々、少しだけ…振り返って。

 …言葉はなくても…嬉しい時間だと思った。



「なあ、るーの友達の頼子ちゃんて…」


 それは、並木のベンチに座って…すぐ。

 真音が、思い出した。って顔をして、出した言葉だった。


「…頼子?」


「あん時…一緒におった子?」


 あん時…

 それは…公園で星高の人達に絡まれた時と…

 …電車の中…。


 頼子はいつも、真音の印象が悪い時に会ってる。

 …だからー…

 あたしは、まだ…告白された事も…言えてない。



「…うん…いつも…一緒にいる…」


 うつむき加減で答えると、真音は小さく『そっか』って言ったあと…


「その頼子ちゃん、ナッキーの弟の婚約者なんやてな。」


 うつむいていられないような事を言った。


「………え?」


 ゆっくりと顔を上げる。

 ナッキーさんの弟さんって…高原 陽世里たかはら ひよりさん…?

 え…え?

 頼子の婚約者…?

 …婚約者って…



「え?って…?」


 真音が不思議そうにあたしの顔を見る。


「知らんかった?」


「…うん…」



 だから…?

 だから、高原さんは、あたしの事なら何でも知ってるって?



「高原陽世里さんと…仲いいの?」


「特にっちゅうわけでもないけど、まあ…クラス一緒やから、話はする程度…」


「そっか…」



 婚約者。

 頼子は…七生家の一人娘。

 だから、そういう存在がいても、不思議ではないかもしれないけど…

 でも、いるって事は…いつか結婚しちゃうんだよね…


 …寂しい。

 頼子があたしから離れて行く日が、確実にあるって事。

 そんなの、あたしのワガママでしかないのに…



「結婚式…は?」


「…………結婚式?」


 真音の言葉に、あたしは随分間をあけて答えた。

 だって…

 結婚式って…

 …誰の?


 無言でキョトンとしたままのあたしを見て、真音は一瞬困った顔をした。


「あー…もしかして頼子ちゃん、サプライズ的な事でも考えてたんかな…」


「…結婚式って…ねえ…真音、どういう事?教えて」


 真音の制服を掴んで言う。

 きっと、今までで一番…至近距離。

 だけど、恥ずかしさとか、照れくささなんて…何もなくなってた。



「いや…本人が何か考えてるんかもしれへんし…」


「お願い」


「……」


 つい、真音の腕を力強く掴んでしまった。


「あー…」


 真音はバツの悪そうな顔のまま。


「…来月結婚して、ロンドンに行く…て、ナッキーから聞いた」


「…結婚して…ロンドン…?」


 まるで、知らない人の話のようだった。

 頼子が結婚してロンドン?


「…新婚旅行で…?」


「……」


「……じゃ…ないのね…」


「…るー…」



 今にも泣き出してしまいそう。

 頼子、どうして言ってくれなかったの?

 そんなあたしの様子を見た真音は、腕を掴んだままのあたしの手をそっと持って。


「頼子ちゃん、るーの事大切やから、言えへんかったんちゃうかな」


 優しい声で言った。


「まさか俺から聞かされるとも思わんやろし…悪かったな…」


 真音の手が優しくて、ついポロポロと涙をこぼす。


 頼子、いつか言ってた。


「るー、もしあたしがいなくなったらどうする?」


 …冗談だと思ってた。

 だけど…本当なんだ。


 頼子のご両親は世界的に有名なデザイナー。

 そして、七生は日本十五大財閥の一つで。

 あたしも全部は知らないけど…色んな業界でトップを走る会社のいくつかが、七生の子会社。


 頼子のご両親は、その子会社の一つ、繊維事業と提携して七生ブランドを立ち上げられた。

 …同じ一人娘でも、あたしと頼子じゃ格が違う。

 跡継ぎ…だもの。

 頼子が『お兄ちゃん』と呼んでいる従兄弟達が、今はアメリカとスイスの会社を任されてるって聞いた。


 そっか…

 ロンドンは…頼子達がやっていくのか…



 真音が、あたしの頭をポンポンってしてくれて、それがすごく切なくて。


「あたし…笑っておめでとうって…言えるのかな…」


 つい本音を言ってしまった。


 結婚っておめでたい事なのに。

 女の子なら、誰だって夢見る事なのに。

 …素直に喜べないあたしがいる。



「…大丈夫か…?」


 真音が、あたしの頭を抱き寄せてくれて…


「……」


 あたしは…真音の胸で泣いた。


 * * *


「ちょっと!!何してんのよ!!」


 けたたましい声と共に、あたしを泣かせてる張本人、頼子がやって来た。


「何って…」


 真音が困った顔してる。


「どういう事!?あんた達、何イチャイチャしてんのよ!!」


 その言葉に真音は小さく笑って


「なんやそれ。ヤキモチか?」


 頼子に言った。


 それを言われてカチンと来たのか、真っ赤になった頼子は。


「…るー。あんた、何でこんな男と一緒にいるのよ」


 低い声であたしに言った。


 …告白された事、言えずにいた。

 そう考えたら、あたし達…

 お互い様だ。



「俺ら、付き合うてんねん」


 真音があっさり。


「はあ?」


 頼子の驚きは、予想以上のものだった。

 口をパクパクさせてる…

 そして


「る…るーがこういう事を平気でできるなんて思わなかったわ」


 そっぽを向きながら言った。

 こういう事…?

 はっとして我に返る。


 あたし…

 真音の胸で泣いてたなんて!!

 しかも手も握られてるし、頭も撫でられてた!?


 ぎゃーーーーーーーーーー!!


 突然火がついたように熱くなって、あたしは真音から離れる。



「ごごごごごごめんなさい!!」


「何で今更敬語?」


 真音は笑ったけど、あたしは自分が本当は軽い性格なんじゃないかとショックだった。

 いくら無意識とは言え、真音のむっむむむむ胸で泣くなんて!!



「せっかくのデート日なんやけど、俺は遠慮するわ。二人でゆっくり話したら」


 真音が頼子にそう言って立ち上がった。


「るー、またな」


「あ…うん…」


 手を振る。

 頼子は腕組みしたまま、あたしの顔も見ない。



「…頼子、座ってよ」


「……」


 あたしの言葉に、頼子は無言のままで隣に座った。


「ごめんね…言えなくて」


「…どうして言えなかったの?あたしが、あんな軽い男やめろって言ったから?」


「…そうなのかな…あたし、頼子の事が大切だから無意識に頼子を悲しませたくないって思ったのかも。でも結局…傷付けたね。ごめん」


「…もう、いいよ」


「…頼子は…?」


「何」


「頼子は…どうして言ってくれなかったの?高原さんの事」


「るー…あんたそれ…」


 頼子はやっと、あたしの顔を見た。


「ここで…高原さんにも会ったの」


「……」


「さっき真音に聞い」


 ギュッ。

 突然、頼子があたしを抱きしめた。


「な…何?頼子…どうしたの…?」


「…あたしこそ、ごめん…だね」


「……」


「…言えなかったっていうか、あたし自身言うのが怖かった」


「…怖かった?」


「あたしがいなくなったら、るーはどうなるんだろうって…自惚れてるね」


「……」


「でも、大丈夫だね?彼氏ができたなんてさ…」


「何言ってるの?頼子は頼子で、1人しかいないのよ?あたしの大切な親友よ?言って欲しかったし、そばにいて欲しいに決まってるじゃない」


「るー…」


「悲しいよ。頼子がいなくなるなんて。嘘だって言ってよ」



 ずっと一緒だった。

 こんな日が来るなんて、思いもよらなかった。

 しかも、こんなに早く。

 こんなに突然に。



「あたしだって…でも、あたしの夢でもあるの…」


「……」


「ごめんね、るー。怒られても嫌われても仕方ない。だけど、あたし…陽世里と向こうの事務所を大きくするのが夢なの」


「……」


「若いから無理だなんて言わせない」


「…高原さんを、好きなの…?」


「好きよ。あたしの夢を叶える事が、自分の夢だって言ってくれる」


「……」


「るー、あたしがいなくなっても、毎日笑っててね」


「そんなの…」


「あんたは、十分素敵だから」


「……」



 そう言われても…笑える気がしなかった。

 頼子がいなくなるって現実を突きつけられて。

 途方に暮れるばかりだった。


 小さな頃からずっと一緒で…

 あたしの事、まるで王子様みたいに…守ってくれてた。

 …そっか。

 頼子は、あたしにとって王子様みたいな存在だった。


 だけど…頼子だって女の子だもん。

 …高原さんが、頼子の王子様になって…

 頼子を、幸せに…してくれるんだ…。



「…幸せに…なってね…」


 頼子の肩に頭を乗せたままつぶやくと。


「…るーも…ね」


 頼子は少しだけ涙声で…


「るーも、絶対…幸せになってね…」


 そう…繰り返した。

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