10

「なあ、その敬語なしにせぇへん?」


 緊張しながら缶ジュースを飲んでいると、朝霧さんが言われた。


 木曜日。

 なぜか…木曜日は、朝霧さんが校門で待ち伏せされている。


 確かに、バイトはお休みだと聞いたけど…

 なぜ、あたしを待ち伏せ?


 木曜日は頼子も生徒会で遅くなる。

 それで、こうして…朝霧さんと三度目の、並木のベンチ。



「え?」


「敬語。なーんか、よそよそしいやん?」


「……」


 頭の中がパニックになる。

 敬語じゃないって事は、頼子達としゃべるみたいに…?



「できません」


 あたしがキッパリ答えると。


「なんで」


 朝霧さんも負けてない。


「俺、るーに呼び捨てにしてほしいんやけどなー」


「よ……よよよ呼び捨て?」


 ま…ま…の

 …呼び捨ての想像すら出来ない!!

 もってのほかだわ!!



「そしたら、るーの言う事何でもきく」


「え……っ…」


 少し、ぐらついてしまった。

 実はあたし…この前から、朝霧さんのお写真をいただきたいと思っているのよ。

 あたしが見惚れてしまった、あの笑顔のお写真をいただけたら…

 何だか…毎日が、もっともっとハッピーになってしまうんじゃないかしら…って。



「…何でも…ですか?」


「おう。何でも」


「…じゃあ…」


 ゴクン。

 あたしは意を決して…



「あ…あ…あああ…あの…」


「な…なん…?」


 あたしの緊張が伝わるのか、朝霧さんまでが背筋を伸ばされた。


「あの…」


「うん?」


「朝霧さんの…」


「俺の…?」


「……」


「……」


 や……やだ!!

 やっぱり無理!!

 こんな事言って、軽い女だと思われたらどうしよう!!


 あたしが朝霧さんに背中を向けて葛藤に苦しんでいると。


「何言うてもええよ?」


 優しい言葉が…


「でも…こんな事、女のあたしが…」


「何言うてもええよ。驚かへんし、変にも思わへんから」


「……」


 ゴクン…


「朝霧さんの…」


「……」


「お写真、いただきたいんです!!」


 言っちゃったー!!

 恥ずかしくて顔を覆ってると、隣で小さな溜息が聞こえた。


「はっ…めっ迷惑ですか…?」


「えっ?あ、いや、思いもよらへんかったから。うん、ええよ」


 嬉しいー!!


「んなら、写真に向かって前進。ほれ、真音て呼んでん」


「ま…」


「聞こえんへんなあ。あ、漢字の方で。カタカナはみんなが呼んどるから」


「違いがあるんですか?」


「あるで。さ、呼んでん」


「じゃ…しし失礼して…ま…」


 漢字、漢字、漢字…


「真音…?」


 よ…呼んでしまった!!

 あたしは真っ赤になってるはず。

 顔…熱い…!!



「必死やなあ…何でそない写真欲しいん?」


「え?」


 顔を上げると目が合ってしまった。

 どうして写真が欲しいかって…それは…


「素…」


「好…?」


「素敵だから…」


 朝霧さんの肩が、カクッとなったように見えた。


「おかしいです…あ、おかしい、かな?」


「いや…」


 朝霧さんは少しだけ間をあけて。


「むっちゃ嬉しい」


 って、すごく素敵な笑顔をされた。




 ああ、今の顔が欲しかった……!!

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