第23話 胡蝶は水揚げされるなら市蔵が良いらしい(サンザ談)

「姉さんが直接、胡蝶に会いたい。って言ってるけど良いかな? 」



 雑魚寝部屋で薬研車やげんしゃを前後に往復させ、薬材を押し砕いていたレイラを、寝転びながら興味深げに瑪瑙めのうは眺めていた。



「瑪瑙よ。構わんが薬が欲しいだけなら、わらわが瑪瑙に渡せば良かろう」



「胡蝶に会ってみたいってさ。胡蝶は可愛いし、薬草とかにも詳しいし姉さん方の間でも噂だよ。なんてったって、あの夕霧太夫がじかに妹分にした、初めての禿かむろだし」



 レイラは手を休め額に滲む汗を手で拭うと、また薬研車を前後に往復させた。



「ふむ。薬研や薬草を持ってきたのは正解じゃったな。道休めやりおる。良かろう、瑪瑙の姉女郎に会おう」



「胡蝶、ありがとう。姉さんには伝えておくね」



 レイラが瑪瑙と雑談を交わしながら漢方薬を煎じていると、襖が開き夕霧が入ってきた。慌てて瑪瑙が姿勢を正し頭を下げた。



「夕霧姉さん。ようこそおいでくんないし」



「胡蝶に用があってきいした」



 夕霧がレイラを探すように顔を向けると、レイラは立ち上がり夕霧の前に進み出た。



「わらわは、ここじゃ。用ならば、わらわから座敷に出向いたものを」



 夕霧は声が聞こえてきた前方に顔を向け直し、手をかざすとレイラの頭に乗せた。



「胡蝶はここね。悪いけど煙草を買ってきて欲しいのよ。ここを出て右手を少し歩けば煙草屋があるわ。『夕霧』を下さい。って言えば渡してくれるから。馴染み客に渡す分がなくなってしまってね」



「ほぉ。夕霧の銘柄とはさすが太夫じゃのう。すぐに行ってくるのじゃ」



 レイラは夕霧の脇を抜けると、小走りで通りへと出ていった。



「もう胡蝶ったら、走ったら鈴蘭姉さんに怒られちゃうのに」



 瑪瑙の呟きに夕霧は微笑むと、帯と着物の間に手を差し入れては懐中袋を取り出し、中から淡い黄色地をしたくしを手に取ると瑪瑙に渡して来た。



「瑪瑙、あなたに上げるわ。胡蝶と仲良くしてね」



 瑪瑙は櫛を受け取り眺めると、とっさに夕霧の手に返した。



「さ 薩摩つげ櫛じゃあおっせんか? 」



「そうみたいね。私は沢山持っているし遠慮はいらないわ。あの子は変わってるから、あなたみたいな優しい子が隣にいないと、きっと駄目になる。胡蝶を宜しくね」



 再度、夕霧は瑪瑙の手をつかむと櫛を握らせ部屋を後にし、瑪瑙は後ろ姿の夕霧に深々と頭を下げ見送った。



「夕霧姉さん。ありがとうござりんす」



 レイラが無事に煙草を買い終え福来屋に戻ろうとすると、後ろから聞き馴染みのある声がしたのでレイラは振り向いた。



「おい 胡蝶太夫。ちょうど良かった。福来屋まで向かう手間が省けたぜ」



「なんじゃ サンザよ。わらわは忙しいのじゃ」



 三左衛門はレイラの頭をくしゃくしゃにすると豪快に笑い出した。



「お前、一週間もいてくるわ言葉も覚えてないのか? 本当に小間使いだけしてそうだな」



 レイラはムスっとすると三左衛門を睨み付けた。



「しゃれなんすなぁ。何とでもお言いなんし」



「おっ 遊女っぽい。後何年かしたら俺が水揚げしてやろうか」



「よたろうが、こはばからしゅうありんす! 」



 からかうように三左衛門はニヤニヤすると、レイラは三左衛門の脛を思いっきり蹴り飛ばしスタスタと歩き出した。



「いってー! 悪かったレイラ。冗談だよ冗談。水揚げは市蔵が良いんだよな? ってか、お前に道休から手紙を預かって来たんで渡しに来たんだよ」



 三左衛門は道端にしゃがみ込み片手で脛を押さえながら、もう片手で手紙をヒラヒラとさせると、レイラは手紙を奪い取り、三左衛門の空いていた片足の脛を蹴り飛ばし走り去った。

 後ろからは三左衛門の悲鳴だけが追ってきた。



 福来屋の雑魚寝部屋に戻ると瑪瑙もいなくなっており、レイラは道休の手紙を開いた。



「道休は何て書いたのじゃ。ちと、長いのう……」



(胡蝶殿。いや、レイラ殿ですな。一週間もあればレイラ殿と源爺殿の煎じた漢方薬や持ってきた薬は遊女達の間でも評判となりましょう。そうなったら近い内に必ずレイラ殿と会いたい。と言ってくる遊女が現れます。その遊女が現れたら、その症状は治らずに酷くなるだけだと徹底的に不安を煽って下さい。そして、その遊女が諦めかけた際に。レイラ殿の言う通りにするなら、何とかして薬を用意しよう。と言ってください。薬は適当に山帰来さんきらいで良いと思いますが特別感は出して下さいね)



「まだ2枚目があるではないか……」



(夕霧を福来屋から出すのはそう難しくはないと思いますが、大門を抜けて橋を渡る際に捕まるかも知れません。なので)



「良かった。 胡蝶、戻ってきてたんだね」



「め 瑪瑙。何処に行っていたのじゃ? 」



 手紙に夢中になっていたレイラは慌てて手紙を丸めると後ろに隠した。



「姉さんの所だよ。もう少ししたら、ここに来るから。2人きりで話したいらしいから、私は外で掃除でもしてるね」



 そう言い残すと瑪瑙は部屋を出ていった。レイラは丸めた手紙を綺麗に伸ばして読み続けようとすると、また襖が開き瑪瑙の姉女郎が入ってきた。

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