第19話 知力は暴力にも勝るのですよ(道休談)

 外はいつしか小雨が降っており虫籠窓むしこまどからは、かすかに雨音が漏れ聞こえてきた。



「レイラ殿ありがとうございます。もう大丈夫です、こんな姿を見せてしまっては、これからはレイラ殿の前では強がれませんね」



 道休が静かに笑い掛けると、レイラは胡座をかいていた市蔵の上に、ちょこんと座り微笑み返した。



「わらわは何も見ておらん気にするな。な、イチ。そうじゃろ?」



「あぁ。しおらしい道休じゃつまらんさ」



 レイラは顔を上げて市蔵を見ると市蔵もレイラの頭を撫でながら頷いた。




「で、道休よ。どうやって妹御と政吉とやらを合わせるつもりじゃ」



 道休は市蔵の様子を窺うように目をやってからレイラに目線を移した。



「私は何度も花街に通い、どうにかして夕霧太夫に会おうとしました。何とか会うことは出来そうだと感じましたが、そこから連れ出すには……」



 レイラは見つめてくる道休に訝しげな視線を送った。



「な なんじゃ? わらわの顔に何か付いているのか? 」



「市蔵殿。どうかレイラ殿を遊郭に入れては頂けませんでしょうか? 」



 レイラは目をパチクリさせたかと思うと、少ししてから大声を上げた。



「……道休よ! わらわを売るつもりか!? 先ほどの涙を返すのじゃ。前言撤回じゃ。わらわはお主を許さん! 」



 そう言うとレイラは頬を膨らませながら、そっぽを向いてしまい、市蔵はレイラの頭をポンポンと軽く叩いた。



「レイラ、落ち着け。道休、続きを言ってくれ。考えがあるのだろ? 」



「もちろんです。レイラ殿を夕霧太夫と同じ遊郭に忍び込ませ、レイラ殿が遊郭太夫を連れ出すのです。これはレイラ殿にしか出来ません」



 市蔵は考え込む様に目を閉じては、同じ拍子でレイラの頭をポンポンとはたいているとレイラが立ち上がった。



「なるほど、良かろう! イチ。わらわは遊郭に入るぞ」



「ダメだ。レイラに何かあったらどうする? 俺が道休と同じ立場になるかもしれないだろ? 別な方法を考えよう」



「それでは手遅れになります! 私は集落に居着いてからは、政吉に会わせる顔なくとも動向は気にしておりました。政吉は余命一月は持ちますまい。私の罪滅ぼしで私の我が儘ですが、最後に政吉と妹を会わせたいのです! 」



 道休が声を荒らげるのを初めて見た市蔵は面食らったものの、先程と同じ答えを繰り返した。



「ダメだ。他の方法を考える……痛っ! 」



 市蔵は内股に痛みを感じ、顔を下に向けると、レイラが市蔵の内股を抓っていた。



「わらわは大丈夫じゃ、何かあればイチが何とかしてくれると、わらわはイチを信じておる。イチ最高、よっ 伊達男」



 市蔵はレイラの頭をくしゃくしゃにすると深いため息吐いた。



「あぁ~ もう、お前がどうなっても知らねぇぞ」



「そう言いながら、わらわをイチは助けてくれるじゃろ」



 下を向く市蔵にレイラは背中を倒すと市蔵の胸に寄りかかり顔を上げてはニンマリとした。



「ありがとうございます、レイラ殿。市蔵殿」



「わらわも花魁道中を見てからは、遊女の生活や立ち振舞いなど、少なからず興味を持ったわ」



「市蔵殿も安心してください。禿かむろは小間使いや三味線や舞等の稽古が主ですから」



 その言葉にレイラは目を輝かせながら呟いた。



「ほぅ。三味線や舞等も習えるのか? それは面白そうじゃの」



「レイラ。くれぐれも一瞬たりとも気を抜くな。危ないと思ったらすぐにサンザに言え。俺もサンザに伝えておく」



「イチは心配性じゃのう。それだけ、わらわが愛しいのじゃな。良きかな良きかな。わらわは眠たくなって来たので、先に休んでおるぞ」



「お前がやらかして失敗するのが怖いんだよ。あぁ、俺はもう少し道休と話があるから、先に休んでてくれ」



 市蔵の胡座の上から立ち上がるとレイラは、あっかんべー。と舌を出し部屋を出ていった。残った2人の間には妙な空気が流れ市蔵が口を開いた。



「お前の涙が嘘だとは思わない。が、レイラを利用したな? 」



 道休は笑みを浮かべるといつもの飄々とした顔付きになり、まいった。と言わんばかりに頭をかいた。



「流石は市蔵殿。やはり気付いておられましたか? 」



「レイラを遊郭に入れる。と聞いてから、お前の今までの言動が繋がったのでな。最初に俺にレイラを誘わせ、花魁道中でレイラの興味をひかせ、レイラにしか出来ないと、あいつの自尊心をくすぐり、レイラから遊郭に入ると言わせたな。上手く焚きつかせたものだ」



 道休は頭を下げた。



「市蔵殿の言う通り、大門の前でレイラ殿を連れている市蔵殿に偶然会った日から、私はこの作戦を練っておりました。レイラ殿を私は利用しております。正直申しますと、市蔵殿がレイラ殿を遊郭には行かせない。と言ったときは心の何処かでホッとしておりました。この人と一緒なら、私の妹のようにはならず、レイラ殿も幸せに暮らせるだろうと」



「利用して良く言うな」



 道休は頭を下げたまま言葉を口に出した。



「それだけ私も妹と政吉を最後に会わせたいのです。私があの2人の人生を狂わせのですから」



「まぁ いいさ。レイラは頑固だから、いったん、やると決めたら何としてもやっただろうからな。お前の作戦勝ちだ」



「ありがとうございます。遊郭への手配はサンザ殿を通しますので、その際に私から注意してレイラ殿を見てくれる様に伝えておきます。準備の為に1日だけ待ってください」



「分かった。今後もお前の作戦に任せよう。頭の良さは自慢なんだろ」



 ようやく道休は頭を上げると、右手の人差し指で頭を2回コンコンと叩き、不敵な笑みを浮かべた。



「えぇ。子どもの頃は感情任せになりがちで、この頭の良さが追い付かなかったですが、今なら感情をもある程度支配出来ますから。(必ず、あの寺にも復讐してやりますよ……)」



 外の雨はいつしか激しい土砂降りになっており、瓦に打ち付けられた雨音は道休の最後の言葉をかき消し、市蔵の耳には入ってこなかった。


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