第15話 花魁道中は面白い(白銀童女談)

 笛や太鼓の軽やかな曲が聴こえてくるとレイラは人だかりから、何とか顔を覗かせ通りを見ようとしたが、人の多さに押し潰されそうになってしまった。



「ぐぬぬぬ、解せぬ。イチよ! わらわには見えんぞ、肩車じゃ」



 言うと同時に持ち前の運動神経の良さをレイラはみせ、ひょいっと市蔵の肩に手をかけ飛び付くと、背中にしがみつき、そのまま這い上がっては市蔵の肩に座り手を市蔵の頭に置いた。

 咄嗟の出来事に市蔵はレイラが落ちないようにと、しっかり足首を持ち、前へと人混みを掻き分けた。



「レイラ、あんなに食ったばかりなんだ。暴れるな! 落とすぞ」



「なにゆえ、落ちるぞ。じゃなく落とすぞ。なのじゃ! ほれ イチよ。もうちょい前に進むのじゃ。なっ! 顔を上げるでない。本当に落ちるじゃろ」



 顔を少し上げ目をレイラに向けるとさらに市蔵は前に進み、後ろには万が一レイラが落ちた際に対処出来る様になのか、さりげなく道休が控えていた。



「おぉ、ひょっとこに狐の面をしたものが歩いてくるではないか。なんじゃ? 夕霧太夫はわらわと同じ年齢くらいじゃないか? 」



 レイラの目には笛や太鼓を持った男衆の後に続く髪飾りを沢山つけた小さい女の子が映り、レイラは後ろを振り替えると元から背が高い道休を少し見下ろした。



「ははは。レイラ殿、最初に歩いて来ている少女は『禿かむろ』と言って見習いですから、レイラ殿と同じくらいの年齢ですよ。その周りには下男げなんや露払いをする金棒引きですから雑用係りですな」



「雑用係り、仙十郎みたいな男じゃな。では、箱提灯はこちょうちんを持った男衆の後ろのが夕霧太夫なのじゃな…… なんじゃ? あやつ何か箱らしきものを抱えているが」



「あれは振袖新造で夕霧太夫の妹分の様な存在ですね。持ち抱えている箱はタバコ盆と煙管キセルが入ってるのですよ」



「では、あの傘持ちの男衆の前を歩く、背が高く豪勢に着飾ってるのが夕霧太夫じゃな。何と艶やか……何と美しい……」



 レイラは振り袖の女を指差した後にすぐ、横兵庫の髪にかんざしこうがいを飾り立て、豪華な打ち掛けを重ね着し帯を前結びした、一際ひときわ着飾り目映いばかりに優美さを醸し出してる遊女を指差した。

 遠目からでも夕霧太夫の圧倒的な気品と風格に気圧されたのか、言葉は呟きに変わっていた。




「正解です。開いた傘にも『夕霧』と書いてありますからね。引込禿として全盲ながらも英才教育を施され、今や御職女郎おしょくじょうろうとして一番の売れっ子、遊女や男ならば誰もが憧れる夕霧太夫ですな」



 レイラはだんだんと近付いてくる夕霧太夫から視線を動かせなくなってしまい、口だけを動かした。



「道休よ。引込禿とはなんじゃ? 」



「見た目の良さや覚えの早さなど見込みのある少女を楼主ろうしゅが秘蔵っ子として……将来の太夫として育て上げる事です。市蔵さんに対するレイラ殿みたいなものですよ」



 少し前に出て市蔵の隣までやってくる道休の冗談に市蔵は視線だけを動かし眼光鋭く睨み付けたが、当のレイラは夕霧太夫に釘付けになっており、独り言の様に呟いた。



「幻想的かつ豪華絢爛。見事なものじゃ。あの女狐ともいい勝負じゃな」



「レイラ殿、女狐とは? 」



 もう少しで目の前を夕霧太夫は過ぎて行くところであり、道休の問いに市蔵が答えた。



「美録の事だろ」



「あぁ。美録姫ですか。まぁ狐っぽくもないですが、本物の生まれながらのお姫様と比べちゃあいけませんよ。余談ですが、狐は『』で相手を化かしますが、花魁は手練手管てれんてくだで人を化かすから、尾はいらん、転じて『おいらん』になったとも言いますね」


「わらわのことをチビ、チビ、言いまくっておった女狐の尻尾を掴んでやるのじゃ! 」


「レイラ! 声がでかい。もう少し静かに話せ」


 レイラはつい力が入ってしまい大声になっていた。3人が話しているうちに夕霧太夫はちょうどレイラの目の前を通過するところであった。三枚歯の黒い高下駄を履き、花魁特有の外八文字歩きをしているので、夕霧太夫が大きく踏み出す度に白く艶かしい足が見え、見物客の視線を集めていた。

 男衆の肩を借りながら、進んでいく様は神々しくレイラの目には映っていた。



 夕霧太夫がレイラの目の前を過ぎ去ろうとした時である。目尻に薄紅をさした切れ長の艶っぽい夕霧太夫の表情が、一瞬だけ曇ったのを高下駄を履いた夕霧太夫と、肩車をされ同じ目線だったレイラは見逃さなかった。



「なんじゃ。夕霧太夫が悲しそうな顔をしておったが」



 レイラは呟くと夕霧太夫の後ろ姿を暫く目で追った。

 花魁道中も終わり見物客がばらけて来た頃、肩車されていたレイラは市蔵の肩から直接飛び降りた。



「ふむ。なかなかに面白かったのう。夕霧太夫とやら、わらわは気に入ったぞ。見目も良く頭も良いのじゃろ? なにより左目の下の泣きぼくろが色っぽいのう。佇まいも儚くもあり気品もある。妖しげな魅力があっても、女狐の様な小煩こうるさい感じもせん。欠点が見つからんのう。じゃが、何処と無くお主に似ておったような」



 レイラは腕組みをすると首をかしげた。



「ははは。大きな声じゃ言えませんが、実の妹ですから似てて当然でしょうな」



 目を丸くしたレイラは道休を見上げ、悔しそうに呟いた。



「くっ。欠点はお主の妹じゃと言うことか」



「そうですね……」



「調子が狂うのう『レイラ殿、それは長所ですよ』とか言ってくるのかと思うたが」



「本当の事ですから。さっ 花魁道中も終わりましたし、今後について旅籠屋で話し合いましょう。レイラ殿はどうしましょう」



 市蔵はレイラを見つめた。



「イチよ。約束は忘れてないじゃろうな? 」



「あぁ 分かっている。一緒に来い。俺たちも旅籠屋に空きがあれば暫くは留まるぞ」



「良かろう。許可する」



 レイラは満足したのか腕組をしたまま、ふんぞり返った。



 旅籠屋の主人から空きがある事を聞いた市蔵は、そのまま部屋を借りると、道休がやって来た。



「空きがあって良かったですね。集落を行ったり来たりは大変ですから」



「そうだな。仙十郎も弥七と行商に行っている間は、源爺がいるとは言えレイラの事も心配と言えば心配だからな」



「イチよ。素直に心配だからな。と言えばいいじゃろう! で、今回は道休の遊郭絡みの件と聞いておるが」



 ちゃっかり話に入ってこようとするレイラに、話して良いものかどうか迷い道休は市蔵を見ると、市蔵は黙って頷いた。

 道休は微笑むと腰を下ろし、かつてない真面目な表情で口を開いた。



「では、手助けしてくれるお二人には誠意を持ってお話し致しましょう。今回の件には、まず私と夕霧太夫、兄弟についての昔話からになります」




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