1-2 沢田さんの正体(1)

「ここ、覚えてる?」


「あぁ。覚えてる……。でも、なんでここに……」


「そう、私にもそれがわからないの。前に潰れたって聞いていたのに……」


 ここは以前、家族でよく行っていた遊園地だった場所。事故が起こって閉園になったと聞いた。どうして、その遊園地がまだ動いているのだろう。


「ちょっと訳ありでね……いろいろと手をまわしてもらったの」


 やっぱり、この人は只者ではないのかもしれない。これを俺だけのためにやってくれたのなら、なおさらである。沢田さんは俺と日向をロビーに降ろし、そのままいなくなってしまった。


「佐木様ですね。こちらへ」


 声をかけてきたのは知らないおばあさんだったが、この遊園地のことは何でも知っているかのような口ぶりで案内をしてくれた。彼女は、ここのオーナーの奥さんだった人らしい。


「今日は、あき……沢田さんのご依頼で特別に開園しております。スタッフも昔の方にお願いして、来てもらいました」


 スタッフまで集めて何を考えているのか。ここに連れていかれて、何をしろと言うのだろう。まったく意図が分からなかった。わざわざこんなところに連れてこられて、呑気に遊ぼうとする奴なんて居な……


「何から乗る?」


「お前な……検査で大丈夫とは言われたとはいえ、倒れてまだ少ししか経っていないんだからな?」


「大丈夫、って言われたんだから大丈夫でしょ。激しい運動をするわけじゃあるまいし」


「確かにそうだけどよ……」


「とりあえず、あれ乗ろ!」


「マジで……? アレ乗るの?」


 まさかジェットコースターを一番初めに乗ると言い出すとは思っていなかった。しかもループのあるやつである。せめて横移動の多いやつにしてほしい。縦移動はさすがに死んでしまう。このまま乗っては俺の命はない。しかし、乗らなければ別の意味で命がないのである。


 何とか生還できた俺だったが、「二度とジェットコースターには乗らない」と決めた俺だった。


 ほかにも心臓に悪い乗り物ばかり乗って、落ち着く暇がなく、この前の運動と同じくらい疲れた。しかし、倒れる気配もないし、疲れたとも感じない。気づいたら時間が経っていた感じで、「次は何に乗る?」などと楽しめるようになったのは閉園時間まで間もない頃だった。


「時間的に次で最後だな」


「うん……そうだね」


「日向……? どうした?」


「いや、なんでもないの。ただね、ここは今日が最後なんだって」


「最後って……?」


「だから、私たちが最後のお客さんってこと」


 なるほど。そうゆうことか。ならば、多少無理をしてでも楽しむしかないだろう。残りの時間を気にしながら残りのアトラクションを回れるだけ回った。そして、出口まで日向と全力で走った……というより、日向に引っ張られたというほうが正しいだろう。何とか閉園時間に間に合い、ちょうどいいタイミングで沢田さんの車も到着した。


「おかえり。楽しかった?」


「はい、楽しかったです」


「そう……よかった」


「……どうかしたんですか?」


「いや……たいしたことじゃないの」


「……そうですか」


 なにか裏があるのは明白だった。俺でさえわかるのだから、日向も気づいているはず。なのに何故何も言わないのだろうか。


「日向……?」


 日向は遊園地で買ったぬいぐるみを抱きしめて寝ていた。


「お兄ちゃん……そこにいるの?」


「あぁ、ここにいるよ」


 日向も寂しかったのだと初めて気づいた。俺には日向のそばにいることしかできないのかもしれない。「こんな俺でもできることがある」と思っていたのは間違いだった。今の俺は何もできない、弱い人間……いや、ただの「ヒト」なのである。本能のままに行動し、人との間を考えない、動物の一種なのだ。


 日向はそのまま眠りについたが、俺の本能がこの沈黙を警戒している。このままではだめだと分かっているのだが、行動に移せない。このままでは昔の俺のままであるとわかっているのに、動けないのだ。本能が拒絶しているかのように、動いてくれない。


「香織くん……」


「は、はい……!?」


「そんなに驚かないでよ……お化けじゃないんだから……」


「すみません……」


「少し、香織くんにだけ話したいことがあるんだけどいい?」


「えっと……その……」


「いきなりそんなこと言われても困るよね……。ちょっとした昔ばなしなんだけどね、信じるか、信じないかは、香織くんがきめて」


「はい」


 この話が、事実だと信じたくなかった。しかし、これが事実なら今までの思い出は何だったのだろう。俺たちは、突っ込んではいけない場所に首を突っ込んでしまったのかもしれない。

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