夜景・とんだ災難です

第15話 押付


[夜景って良いよね?]


 休日の夜、うとうとと惰眠を貪っていたら久しぶりに姉からメッセージが来た。なにかと思えば謎の質問だった。

 よく分からないまま、私は返信を打つ。ユウも不思議そうに私のケータイを覗き込んでいた。

 ……ユウの監視はいつものことなのでもう気にしない。


「“優子”……奈々子さんのお姉さんでしたっけ?」

「そうそう。なんだろね」


 ユウと会話をしながら、姉にメッセージを送信する。すると待ち構えていたのか数秒と経たずに既読マークがついて、電話が鳴った。


「うわあっ」


 ビックリした! ケータイを落としそうになって急いで抱き止め、通話ボタンを押した。


「奈々あああああ!」

「どうしたのいきなり……」

「今夜空いてる!? ちょっと付き合ってよ!」

「え?」


 びっくりした。通話ボタンを押した瞬間に姉の叫び声が聞こえてきたのだ。

 泣いているのだろうか、ちょっと声が湿っぽい。


「ま、まあ暇だし。いいよ」

「ありがとおおおお! 準備できたらウチに来て! ちゃんと泊まりの用意してきてよね!」

「あっちょっ」


 プツン。ツーツー。

 なんとも言えない気持ちになったので思わずユウの方を振り返ってみた。予想通り彼も苦笑いをしている。


「押しが強い方ですね」

「いつもは違うんだよ……?」


 そう、姉のもともとの性格は激情型ではない。私みたいに無気力という訳でもなく、ちゃんとした落ち着いている人間だ。だから余計にうろたえてしまった。

 私はアゴに手を当てて考える。


「よっぽど何かヤバい事があったとみた」

「僕のハウリング音にも動じないなんて……」

「ハウリッ……当然のように電波妨害しないてくれるかな」

「すみません、つい」


 奴は私に電話をかけてくる全人類に妨害をするつもりらしい。

 睨んで訴えても効果はない。てへぺろじゃないんだよ勘弁してくれ。


「だって、僕と奈々子さんのふたりきりの時間が減らされてしまうのはちょっと」

「寒気がした」

「まあ、お義姉ねえさんのお願いとあらば仕方ないですね」


 ……なんだか聞き捨てならない単語が聞こえてきたけれど、収拾がつかなくなりそうなのでこれ以上のツッコミをするのはやめておく。

 ユウは私と地獄の果てまで添い遂げたいらしい。なので「お義姉さん」呼びもやめてくれないだろう。

 抗議しても無意味なので、私は聞き流して泊まりの用意をすることにした。とはいえそんなに遠くはないし、大抵のものは貸してくれるので着替えくらいだろうか。


 大きめのバッグに必要なものを詰め込んでいく。時々ユウが中を覗き込んでは助言をし、すぐに準備は整った。


「よし、じゃあ行こうか」

「あっ! ちょっと……」


 バッグを持っていざ出発、と言ったところでユウに引きとめられた。私はユウを見て首を傾げる。


「どうしたの?」

「えっと、もうちょっと……」


 モゴモゴとハッキリしない。一体なんだ。

 更に私の首の角度が曲がる。ついでに眉間にシワまで寄ってしまう。


 ピンポーン。

 その時、玄関のチャイムが鳴った。

 なぜか待ってました! と言わんばかりにユウの顔がパッと明るくなる。


「あっ多分これです奈々子さん! 出てもらえませんか」


 やれやれ。言われるがままに従って玄関の小窓を覗くと、宅配便のお兄さんが見えた。


「ええ、私別に荷物なんか頼んでないんだけど」

「僕が頼みました」

「は!?」


 なんで!? 思わず声を荒げてもユウはてへぺろを崩さない。「高い買い物じゃないですから」とかそういう問題じゃない。

 奴め、勝手に私のアカウントをハッキングしてネット注文したんだ。私のお金なんだけど。


「信じらんない」

「あとで土下座するなり謝りますから、今回だけはお願いしますよ」

「はあ……」


 土下座しますと申告されても困る。だいたい土下座って申告するものか?

 とりあえずこれ以上お兄さんを待たせるわけにはいかないので受け取りを済ませることにした。


「ありがとうございましたあ」


 ……さて、問題はここからだ。

 私はリビングに戻りとりあえず座った。目の前に荷物を置き、ユウに「そこに直れ」と目の前を指差す。

 そして荷物を挟んで私たちは向かい合って座る形になった。箱は意外と小さく軽い。

 ユウが正座をして屈み始めたので急いで制止する。


「いや土下座はいい」

「そうですか?」

「そんなことより、これはなに」

「開けてみれば分かりますよ」


 こいつ絶対反省してない。にやけた顔はイタズラ心と期待に満ちていた。

 これ以上反論する気になれず、もうあきらめて開けてみることにした。


 なんだかんだやっぱり私はユウの言いなり、されるがままなんだよなあ。どうにかならんものかな。

 私はため息をつきながらベリベリと箱の切り取り線を破いていった。


「こ、これは」

「あは、可愛いでしょう」


 どんな嫌がらせの品かと思っていたが、中には可愛らしいデザインのスカートが入っていた。

 秋らしい赤茶色がメインのパッチワーク柄のロングスカート。悔しいけれど、文句なしに可愛い。


「貴女に似合いそうだと思ったら、思わずポチッてしまいまして」

「ぐう……」

「僕の好みですが、どうやら貴女も気に入ったようで」


 ぐうの音も出ない。下らないものだったら罵ってやろうと思っていたのに。悲しいかな、私は試着してその場でくるりと一回転。

 うん、これを来ていこう。


「やっぱり僕の見立て通りですねえ。いいですよ」

「……でも、これからはちゃんと私に許可取ってから買い物してよ。私はお金持ちじゃないんだから」

「はあい」


 あっ、しまった。

 これじゃ奴の思うツボじゃないか。我ながらちょろすぎる。悲しい。

 ユウは当然ながらニコニコと上機嫌だ。もう怒るタイミングは見つからなかった。


 それでもまあいいか、と私は気を取り直してバッグを持ち直す。今度こそ出発だ。


「あ、ちなみにこのスカートいくらしたの?」

「それは……――」

「ひいっ!」


 やっぱり一発雷を落としてやった。

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