毒【お題:彼岸花】

 少女には、友達がいなかった。重たい前髪も、長いスカートも、暗い表情も、クラスメイトは嫌った。いわゆるいじめと呼ばれる暴力行為や盗難が、このクラスに明確にあったわけではない。面と向かって悪口を言う人もいなかったし、ただ全員がなんとなく彼女を避けていた。教師は何もできない。みんな仲良くしろよと言うほかに、教師らしいことはできなかった。

 そんな少女が高校を辞めたのは、夏休みの少し前だった。

「先生、今までお世話になりました」

「……元気にやれよ」

「元気にやれそうに、見えますか」

 そのとき少女は笑っていた。教師はぞっとして、何も返すことができなかった。少女の笑顔は、まったく幼くなかったのだ。なにかを諦めてしまったような、すべてを投げ捨ててしまいそうな、だけど無理やり口角だけ持ち上げた、そんな笑い方だった。不気味とまでは言わないが、少女の笑顔はわかりやすくうそだった。

「それじゃあ、ありがとうございました」

 教師はなにかに押さえつけられるような感覚だった。魔法か金縛りか、あるいは別のなにかによって、動きを制されているようだった。少女は裾の長いスカートを翻して、職員室を出ていった。

 少女のその後は知らない。教師だけじゃなく、クラスメイトたちも、なにも知らない。クラスメイトたちはすぐに少女を忘れ月日が流れるのを眺めていたが、教師はそうじゃなかった。あの不穏な様子の笑顔が、教師の中からなくならないのだ。夏休みが明け、秋が来ても、それは変わらなかった。

 ある日、教師は教え子たちの自己紹介をメモした紙を見つけた。あの少女の文字はうつくしい。特にうつくしく書かれたのは、好きな花の彼岸花だった。なんとなく気になって、教師は携帯電話に指を滑らせる。

 彼岸花に毒があると知って、少女らしいと思った。彼岸花の毒は、多くは含まれていない。あの少女が残していったのは毒だ。だいきらいな教室のほんの一角、教師にだけ毒を残したのだ。

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