遅れ先立つ有様は電光朝露のまぼろしぞ

ざわめきが極大値になる。


「アンタそもそも何者なんだ!?」

「ヒラ社員じゃないのかっ!?」


怒号が飛び交う。

年輩の株主さんたちはなおさらに大きな声を出す。

その時だった。


「お前さん、井出キヨジの息子だろう!!」


ああ。

やっぱり出るか。


「あ・・・あのゼネコン建築偽装疑惑の、下戸組の課長の・・・彼の息子か!?」

「ふざけるなっ! 何でお前さんのような輩が社長などと抜かすのかっ!」

「コンプラどころか、犯罪者の息子がっ!」


甘んじて受けるさ。だって、全部事実だから。逃れても逃れてもSNSの匿名アカウントを使ってもいつかは「井出の息子」という文字がツイートや悪意あるブログで拡散された。

別にいいさ。

どうってことない。


「ご静粛に願います!」


怒号をすべて圧殺するような荘厳な声が響き渡った。


高瀬社長?


「これは一部上場企業同士の株主総会です。すべての議事を整然と紳士的に進める必要がございます。今、動議を発したキヨロウさんを誹謗中傷するかのような発言がありましたが、まずはその撤回を求めます!」

「う・・・・」

「彼が誰の息子かということは一切この総会と無関係です。それこそ日本の企業の模範となるべき私どもの経営判断にそのような非合理な考えを混えるべきではありません。どうぞ先ほどの発言者は勇気を持って撤回を申し出てください!」


高瀬社長の言葉にひとりの老紳士が挙手した。


「私の失言だ。ここに撤回を申し出る。申し訳なかった」

「ありがとうございます」


拍手が起こった。

やっぱり高瀬社長は天才的経営のセンスを持っている。

それに、人間としてもやはり魅力がある。

なんだか僕も救われた思いがした。

拍手が収まったところで高瀬社長が言葉を繋いだ。


「私からの提案ですが、さきほどキヨロウさんの発した動議は③も④もコヨテによるステイショナリー・ファイターのTOBを実質無効にする内容です。①、②が決まってもその後でひっくり返ってしまう訳ですのでまず③、④の動議から決を採らせていただけたらと思うのですが」

「異議なし!」

「ありがとうございます。本日ご出席の皆様の議決権を足し合わせますと株主全員の過半数を超えております。ただ、書面決議で①、②にご賛同いただいている株主様の票を除けば、ご出席の皆さんのほぼ全員に近い同意がなければ③、④は成立しません。と、いうことでどうだろうか」


高瀬社長が感情の読み取れない表情で僕をみつめた。


「キヨロウくん、どうだい?」


感情は読み取れないけれども高瀬社長は自信を持った立ち居振る舞いをしている。ゆったりと演壇に立っている。

先手必勝、僕らモニタリング課の案を即座に潰す議事進行にしようという考えだ。上手いとしか言いようがない。


僕はこう答えるざるを得なかった。


「それで構いません」


そのまま議事が進もうとする。まずは僕がプレゼンしなくてはならない。

説明用のスクリーンを下ろしてもらった。

ゆっくりと演壇上のスペースからスクリーンが下りてくる。

せっちが僕に囁いた。


「そろそろだね」


パワポ説明用のタブレットPCを持ち込んではいるものの、それを使う必要はない筈だ。多分・・・

僕はマイクを手に、スクリーンを指し示した。


「では、資料をご提示いたします」


つながった!

僕はPCではなく、エンディング・テラス敷地内での動画配信システムのデータをプロジェクターにコネクトさせた。


スクリーンに投影された映像。

厳粛さに礼儀を示しつつも、それはやはり異様な光景としか言えなかった。


神道式の葬儀が執り行われている中、50人の不遇な難民たちの遺影が祭壇に並べられており、2人きりの参列者である課長と鏡さんが、追悼と神様へ難民たちの生命を還すために玉串を奉っている映像が流れた。


「なんだ、これは?」


会場から沸き起こる静かな疑問に僕はゆっくりと回答した。


「人生僅か50年、花に譬えて朝顔の露より脆き身を持って、いついつまでもおるように・・・今ご覧いただいているのは、僕たち自身の姿です」

「狂ってるのか?」

「いいえ。いや・・・もしかしたら狂っているのかもしれません。この世を実体のある世だと見るのなら」

「つまりなんなんだ、これは!?」

「葬儀です。神道式の。入国する直前に狭い密航船の中で亡くなった50人の異国の人たちの魂を弔っているんです」

「どういう魂胆だ」

「魂胆などありません。この世で何があっても揺るがない事実をお見せしようとしたら、どう考えてもこの人生のエンディングしか思い浮かばなかったんです。さあ、これから火葬に移ります。50人の火葬を30分で終えるそうです。どうですか? 例えば今僕に質問してくださった方。あなたの年齢はおそらく70歳は超えておられますよね?」

「ああ。喜寿だ」

「それはおめでとうございます。おめでたいのですけれども、今映像に写っている50人の屍となったひとたちの中には幼い子供や赤子すらいます。その早逝した子たちとあなたの年齢は違うと言えるでしょうか?」

「違うに決まっとろう!」

「では、あなたの寿命は? 何歳ですか?」

「なにおう!?」

「80ですか? それとも90? 100歳まで生きたらそれは長生きなんですか? おめでたいことでしょうか?」

「健康寿命がどうとか言いたいのか?」

「いいえ。健康だったとしても、あなたは何か薬を一種類ぐらいはお飲みですよね?」

「ああ・・・血圧の薬を飲んでいる」

「それはアスリートが手を染めてしまうドーピングとどう違うんでしょうか? もしかしたら薬無しのあなたの本当の寿命は50歳だったかもしれないですよね?」

「・・・・・・・」

「病気だけじゃない。あなたが今このスクリーンに映し出されている小さな棺・・・棺の中の赤子と同じ国に生まれていたら、寿命は1歳にも満たなかったもしれません」

「・・・それはそうかもしれん。だが、だからどうしたというんだ! この総会の議決に何の関係があるんだ!」

「世で言う経営理念というものは常にうつろいます」

「そんなことなかろう! 企業の持続可能性を最大限にするよう経営陣が理念を明確にするだろう!」

「ではどうして超優良企業だと言われていた大手が次々と不祥事を起こすんですか?」

「それは・・・」

「どんなに立派な経営者だとしても、人間の『信念』程度のものでは普遍的な理念とはなりません。最初は信念を持つ経営者が世のため人のためと他者実現を謳いながらとどのつまりは自己実現したいだけの話。そういう企業内部には自律した揺るぎないモラルは功名心や人事考課に追いやられ、パワハラやセクハラやいじめと言ったネガティブな感情が渦巻き、結果として顧客にも毒を垂れ流す製品やサービスしか提供できません」

「なら、どうするんだ!」

なんかではなく、に基づいた経営理念を打ち立てるまでです。だから、今皆さんが見ておられる、この葬送の映像がそれなんです!」

「やっぱり、狂ってるのかっ!」

「なんとでもおっしゃってください。さあ、これからハイテク焼却炉へポーターで棺が自動搬送されて行きます。目を逸らさずにご覧ください」


スクリーンの中で、黒ずくめで白手袋のスタッフが、フェザータッチのパネルに指先を触れ、高圧ガスバーナーの炉に火を入れた。

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