人生僅か50年花に譬えて朝顔の露より脆き身を持って

腹を決めるしかない。

コヨテとステイショナリー・ファイター合同の臨時株主総会会場となるエコ・コンベ・センターへ向かった。


僕、にっち、せっちの3人で。


エンディング・テラスは東京ドーム10個分の広さだ。セレモニーホールからコンベ・センターへは端から端までではないけれども、徒歩では難しい距離だ。参列者の送迎に使うと言ってセレモニーホールから黒塗りのバンを借りた。


葬儀の参列者は課長と鏡さんだけ。


日本を夢見て漂着した50人の異国の人たちは見ず知らずの2人の日本人に見送られて白骨と化す定めだった。


僕、にっち、せっちは、コンベ・センター2Fの大会議場の受付に回る。

さすがに話題性もあって普段はこういう場に顔を見せない一般の株主さんも大勢いらしているようだ。用意された座席が既に溢れかえっている。

僕らが喪服でいてもさほど意識されないぐらいの雑踏だ。


「あ、ちょっと! あなたたち招集通知は?」

「久木田社長に会わせてください」

「何?」


僕とスタッフのやり取りの合間にせっちがするすると足下をくぐり抜けて行った。


「おーい、クーさーん!」

「え!? せっちかい!?」

「クーさん、こっち来てー! キヨロウとにっちもいるよー!」


久木田社長が小走りでこちらに向かってくると周囲の人は皆道を開けた。


「キヨロウさん! にっちさんも・・・」

「社長、ご心配おかけしました。さぞご心痛でしょう」

「課長から干渉を控えるように言われておったので動かずにいたよ。なす術なしとはこのことだ」

「久木田社長。ステイショナリー・ファイターを残したいですか?」

「・・・いや、ステイショナリー・ファイターというよりも顧客に寄り添う精神を残したい」

「・・・はい」

「コヨテも素晴らしい企業だ。それは間違いない。ただ、弱き者・はかなき者への斟酌が一切ない」

「そうですね・・・」

「キヨロウさん。文具を使うお客様は、全員強者だろうか?」

「いえ。そんなわけありません」

「お客様の中には夢儚く破れて嘆き悶える方もおられるだろう。ペンとノートを胸に学問を志して受験という戦いの中で敗れる少年・少女もいるだろう。事業である以上、お金で文具をお買い上げいただくわけだが、売買というものを離れて文具には憐れみと慈しみが必要なのだ。なぜなら、文具は武士の刀とも同じ、実務や学問や絵画や漫画や、ありとあらゆる仕事・創作に生きるひとたちの武器なのだ。武士は命の交換が行われる苛烈な戦闘に生きながら、若武者の命を惜しみ、あるいは笛の秘曲を戦地のさ中に盾を敷いて若き後継者に伝承し、そのまま死地へと向かう優雅さもある。文具とはかように、ひとたちの生き様とともになくてはならんのだ」


周囲の静けさでようやく気付いた。


僕たちの周囲には、ステイショナリー・ファイターの株主さん・社員たち、それだけじゃなく、コヨテの株主・社員が何十人も輪を作ってじっと久木田社長の言葉を聞いていた。

僕はその雰囲気に後押しされて、久木田社長に訊いた。


「久木田社長。総会で僕が発言することをお許しいただけますか」


久木田社長は慈しむような目で僕に頷く。


「キヨロウさん、お願いするよ。大きな声で語ってください」


・・・・・・・・・・・・


僕たちが臨時株主総会会場で準備をしている間、課長と鏡さんはセレモニーホールでスタッフさんと一緒に葬儀の段取りを詰めていた。

課長が突拍子もないことをスタッフさんに訊いていた。


「葬儀の最中、玉串を奉る段になったら、式場内を動画撮影しても構いませんかね?」

「え? 動画ですか? 何のために?」

「コンベ・センターに中継したいんです」

「あの・・・それは何のために?」

「説明が煩雑になるので省略させてください。敷地内ならばどの施設へも映像・音声の配信が可能と聞きましたが」

「た、確かに可能です・・・わかりました。端的に、中継できます。まさか葬儀場からというのは想定にはなかったですけど」

「ありがとうございます」

「課長。あなたは優しい方ですね」

「鏡くん、それは誤解だ。私は優しいんじゃない。合理を極めたいだけさ」


・・・・・・・・・・・・・


久木田社長に経営陣側の末席に座らせてもらった。僕、にっち、せっちの順で演壇のずっと端っこに座る。

にっちが小声で訊いてきた。


「キヨロウさん、緊張しますか?」

「いや。不思議なことに早く喋りたい、って気分だよ」

「ふふ。やっぱりキヨロウさんは経営者の器なんですね」

「にっち、いじめないでくれないかい。なあ、せっち」

「ううん。わたしもそう思うよ。キヨロウは経営者の器・・・ぐいぐい引っ張るんじゃないけど、人を優しく傘に入れてあげられる器・・・」

「傘・・・」

「そうですよ、キヨロウさん。キヨロウさんはわたしとせっちをこうして傘に入れてくれてます」


傘に入れる。


なんだか、僕自身温かな気持ちになってきた。


そう感じていた時、入り口でまるで歓声のようなざわめきが起こった。

いわば今日のメインイベンターの登場に、せっちが、ふふん、と闘志を露わにする。


「高瀬、今日も切れ味鋭そうだね」

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