僕は一応男なんだよね

立ったまま向き合い睨み合う僕とせっちの兄貴。


兄貴は誰にコーデされたのか知らないがスポーツ少年の模範のような衣装で、けれども僕の目をどろんと濁った脅迫の眼差しで見てくる。


『ああ。あのランニング兼用スニーカーのソール、分厚いけど柔らかい素材だといいな』


蹴られることを前提に願望を胸に抱く。


『CM!』


またもカンペが入り、MC芸人が一旦CMを告げた。


途端に兄貴が半身になって攻撃体制をとる。


「警察呼びますか!?」


スタッフの誰かが声を出すと、高瀬社長が不機嫌につぶやいた。


「やらせてあげたら? 2人とも収まりつかんでしょ?」

「高瀬っ!」


呼び捨てたのは、にっちだった。


「何かね、『美少女ファイター』のお嬢さん」

「3分あればあなたを半殺しにできるわ」

「はは。勘違いしちゃダメだよ。社長というものはね、BCP、つまり事業継続計画ってもののために危機管理を徹底してるんだよ。一番確実な危機回避の方法は、私自身が火の粉を払うことだ。意味、分かるよねえ」

「にっち! 高瀬は強いぞ!」


課長がにっちを制した。


「今の君じゃ無理だ」


そうなんだろう、実際。実務的なシルエットが美しいポール・スミスのスーツの下には間違いなくビルド・アップされた体躯が仕舞われている。

鋭角で精悍で冷え切った顔の造作がすべてを表している。


「ほら。3分なんてあっという間だ。さっさと始めろよ」


高瀬社長がぞんざいな言葉を使うと言いようのない強制力を僕らは感じた。スタジオ全体がだ。それ以上に、せっちの兄貴は自分が命令されたと怯え、青ざめた顔で僕に攻撃を仕掛けてきた。


「キヨロウさん!」

「にっち。僕をリスペクトしてくれるなら、そこで見ててよ」


そのまま僕は兄貴のなすがままだった。


「『手は出さない』なんて勝てない言い訳だろ!」


たぶんそういう悪態を吐くことで気合いを入れるタイプなんだろう、兄貴は。

けれども、賢い。

僕の顔面を殴打したらCM明けに自分が暴力を振るったことを晒すことになる。まずは胸板を執拗に拳で連打してきた。


「ヘイヘイヘイヘイヘイっ!」


苦しい。呼吸ができなくなる。

外傷がないので加減なく打ってきてる。

けれどもたった一撃でストーカーの肋骨ろっこつを5本もへし折ったにっちの熱いパンチとは比べものにならない。

甘っちょろい。


「とうっ!」


延髄切りだ。

僕はこれも甘んじて受けた。

うなじのあたりにラン兼用スニーカーの布地の感触が伝わった。

倒れ際、床に顔面を打ち付けないように気をつけた。


意外にも3分を告げたのは高瀬社長だった。


「ほら、おしまいだ。キヨロウ、反撃するならしてやれよ」


僕は兄貴のように高瀬社長の言葉を命令としては聞かない。

僕の意思として拳を固める。


「動いても、無能は無能だろ!」


またも罵りで気合を入れた兄貴が僕にストレートを打ち込んでくる。

今度は腹を狙ってくる。


僕はふらふらしたままの立ち姿でゆっくりと拳を突き出した。


カウンターだ。


スタンガンで。


「が・・・・っ!」


兄貴が卒倒した。


僕は左手に持ったスタンガンでもう一度兄貴に触れようかどうしようか迷っている。


大丈夫だ。

兄貴はもう僕を殴れない。


「ずらしてください」


僕は凍りついた空気の中でスタッフの誰かに言った。


高瀬社長が僕に言う。


「ひどいな」

「正当防衛です」


スタッフが二人掛かりで兄貴を運ぶ。

多分救急車は呼ばないだろう。不祥事が大嫌いだろうから。

芸人の楽屋にでも寝かせておくんだろう。


「高瀬社長。にっちができなくても、僕はあなたを屠れる」

「ああ。確かに君の方が面白そうだ」


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