フェスティバル強制終了

せっちが5人の少女と対面したとき、風が吹いた。

荒野のような雰囲気だ。

人は密度を増し僕らを振り返るのに。

無駄な解説はいらなかった。

にっちが訊いた。


「せっち。誰をやりたいの」


せっちが無言で一番背の高い少女を睨みつける。

せっちの後頭部を遠慮会釈なくはたきつけた女だ。


「キヨロウさん」

「え」

「警察を遠のけておいてください」

「!」


睨み合うせっちと少女の脇を無言でにっちが通り抜け、残りの4人の少女の前に進み出た。


「大人が子供の喧嘩に出張でばるのかよ」

「全員わたしより背、高いでしょ? 都合のいい時だけ子供ぶるもんじゃないよ」


4人とも一般人のくせに人をいたぶり慣れているようだ。にっちはこういう人種が一番許せないはずだ。ジムでのスパーリング風景で嫌というほど見せつけられた。

そしていたぶりでなく本気で攻撃する際のやり方もこの4人は知っている。

蹴るのだ。


4人同時ににっちを足蹴にしようとした。

ロー、ミドル、中途半端なハイキック。

とにかくパンチより間合いも威力も長く大きい蹴りを4人が繰り出してきた時、にっちはたった一人拳で向かった。


「あ!」

「げっ!」

「ひっ!」

「うぇ!」


にっちは身をかがめ、起こし、彼女らの蹴りをくぐり、点ではなく流れるような曲線を描きながら4人のふくらはぎの一番肉厚の部分に正確に拳を鋭角にめり込ませていった。

けがの度合いとしては低いものだが重度の肉離れのような症状を瞬時に引き起こさせ、彼女らの歩行を完全に封じた。


「自分たちは安全地帯に居られると思った?」


涙目になっている4人に表情をまったく崩さず冷たく問いかけるにっち。

これがにっちの本質だとしたらやっぱり僕は悲しいけれども、にっちの言うことはまったくもって整合を備え、誰も反論しようのない正当性すらもって聞こえてしまう。


「人をいためるのなら、自分もやられる覚悟でやりなよ」


そう言ってにっちは4人をほったらかしにして対峙しているせっちと少女の方に向き直る。改めて見ると少女は本当に背が高い。せっちの同級生だとしたら小5のはずだけれども170㎝前後ありそうだった。そしてショートパンツの下はストライプのニーハイで、足が身長の半分以上の長さがあるようだった。


「万子のくせに」


言われてせっちがぐりっと歯ぎしりする音が聞こえるようだった。


周囲にいつの間にかギャラリーがぎゅうぎゅうと押し詰めている。

だけどなぜか等間隔で1m程度のスペースが空いており、不思議に思って見ると場がいつの間にかテキ屋さんたちに仕切られていた。


「素人が物見遊山に観るもんじゃねえ。遊び半分の奴は散れ。学校で酷い目に遭ってる奴は残って最後まで見ときな」


スキンヘッドに黒の無地Tシャツで腹巻ステテコのおじいさんテキ屋さんが若い衆を従えてこの『決闘』に邪魔が入らないよう目を光らせている。

その後ろに気弱そうな小中学生・高校生の男子女子がいつのまにか集まって来ていた。少女がまだうそぶく。


「万子、アンタ兄貴に殴られるから万引きするんじゃなくて、イイ事して貰いたくて言うこときいてんだろ?」

「せっち、耳を貸しちゃダメ!」


にっちが鋭く叫んだ。


「ふっ!」


あ、と僕は思った。

この背の高い少女は素人じゃない。

多分、空手。

くるんとターンする遠心力を使い、拳の裏でいきなりせっちの耳の裏辺りを痛打した。そのまま立膝をつくせっち。

そして、少女はせっちの膝の裏を掬い上げるように蹴って彼女を完全に横倒しにした。


空手家の少女は、けれども武道の型をとったのはそこまでで、あとは武道でもなんでもなく、単なるいたぶりだった。


「万子、キモいんだよ! 見てるだけでこっちが不幸な気分になるんだよ! アンタみたいな自己のカケラもないヤツが一番虫唾が走るんだよ!」


そう怒鳴りつけながら少女はただただせっちの横腹を爪先で蹴り続けた。

醜いフォームで。


「せっち! 立って! 誰もあなたを羽交い絞めしない!」


にっちがまたもや叫んだ。これは、アドバイスなのか?


「せっち。今はこの子だけに向き合えばいい。いつものように別の誰かが横からアシストしてくることもない。集団で抑え込まれることもない。攻撃を避けてもいいのよっ!」


せっちの表情が、はっ、と切り替わるのが分かった。

目からウロコ、というようなびっくり眼に変わったせっちは、ごろん、とローリングして少女の蹴りを空振らせた。

そのまま立ち上がる。


「立ったら殴るだけだ!」


少女は今度は正拳突きをせっちの顔面に打ち込む。

かろうじて顔面の直撃を避けたせっちは、けれどもその正拳突きを胸で受け止めた。


「ごっ」


せっちの呼吸が一瞬止まる。


「あ、痛っ!」


けれども軽く悲鳴を上げたのは少女の方だった。

胸に突き刺さる少女の拳をせっちは両手で握り、爪を突き立てていた。

みるみる少女の拳が青く鈍く変色し、爪の突き刺さる部分から血が流れ始めた。


「こ・の!」


少女はもう片方の拳でせっちの顔を何度も何度も殴った。

蹴りも何度も何度もせっちの脛の辺りに入れる。


けれどもせっちは決して少女の拳を外さなかった。



「や、やめて・・・」


少女がそう言った時、スキンヘッドのおじいさんテキ屋さんが静かにせっちの強張った両手を包むように手を重ねた。


「ここまでだ。勝負あった」


2人を引き離す。

そしてせっちに向かって言った。


「嬢ちゃん、アンタの勝ちだ」


この場で歓声を上げるような非常識な人間はひとりもいなかった。

唯一、スーツ姿の中年男性二人がスマホで撮影しようとしていると、


「アンタたち、子供居るのか居ないのか?」


とおじいさんから声をかけられ、スマホを仕舞った。


これは祭りの片隅のほんの数平方メートルの場所での出来事だけれども、なんだか祭り全体の雰囲気を静寂に帰するような、大きな出来事のように感じられた。


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