第49話 彼と彼女の行方
オルフェとゲイリーの視線が向けられる、その中で。
記憶を手繰り寄せながら、アッシュはゆっくりと口を動かした。
「……酒場でフェンに言い寄っていた男たちがいた。ゲイリー、お前に再会した酒場だ」
「あの酒場で? んなことがあったのかい?」
「あぁそうだ。といっても、俺も男たちを見かけたのは、酒場で火が上がった時だが……フェンの様子がおかしくなったのは、その後からだ。あの男たちがフェンを反乱軍に誘ったのかもしれん」
「なるほどなぁ……ちなみに、その男たちってのは、どんな格好だったんでい? 自慢じゃねぇが、俺ぁ、あの酒場に長いこと世話になってたんだ。もしかすると、見たことがあるやつかもしれねぇ」
「老人と、俺より少し年上の若い男だ。若い男の方は、顔に火傷の跡があった」
ゲイリーが息を呑んだ。アッシュは目ざとくゲイリーを睨む。どうしたんだ。早口でそう問えば、ゲイリーは口元に手を当て、忙しなく目を瞬かせた。何事か思い出しているのか、顔を白くしている。
ややあって何故か立ち上がり、アッシュの方を見ながら後ずさる。
「……いや、旦那……俺ぁもしかすると、そいつらに会ったことがあるかもしれねぇ」
「……ほう?」
アッシュは目を細めながら、ゲイリーを追い詰めるように歩を進めた。剣に手をかける。ゲイリーが頓狂な悲鳴を喉の奥だけで上げる。
「……それで? 続きを話してみろ、ゲイリー・ルードマン……」
「いや、そのちょっとした世間話をしたっていうか……そうか、まさかアレがきっかけで……」
「アレとは、なんだ?」
「い、いや、なんでもねぇ! なんでもねぇぜ!? あいつらに騎士サマの正体バラすとか、そんなことは決して!」
アッシュはゲイリーの首元を掴もうと手を伸ばした。ゲイリーはアッシュの行動を察したのか、素早くオルフェの後ろに隠れる。
「ちょ、ちょっと、俺を巻き込まないでよ!」
「すまん、許せ! オルフェ!」
「ばらした?」
迷惑そうに顔をしかめるオルフェもろとも、アッシュはゲイリーを睨みつけた。音を立てて剣を引き抜く。口元に微笑みを浮かべる。視線の先で、二人は一様に顔をひきつらせる。
俺、関係ないのに……というオルフェの悲壮なぼやきを無視して、アッシュはゆるりと首を傾けた。
「俺は誰にも言うな、と言ったはずだよな? ゲイリー」
「……だ、だって……あの時旦那は俺に金くれなかったしよう……」
「ほう。お前は自分の命より金の方が大事とみえる」
「ま、待て待て!過ぎたことより、目先の問題だろ!?」
「話を逸らそうとしても無駄だ。そこに居直れ。そのダラけた性根を一度叩き斬って、」
「ダリル村だ!」
ゲイリーはおもむろに叫んだ。アッシュの手が止まる。
「男たちだよ! あいつら、ダリル村から来たって言ってた! んでもって、あいつらが反乱軍だってなら……あの村に行ってるんじゃねえのかい!?」
ゲイリーは息も絶え絶えに、繰り返す。突拍子もない推論だった。けれどアッシュの胸の中で、確かに引っかかるものがある。
アッシュは乱暴に息を吐き、剣を鞘に収めた。オルフェが目をむく。
「アッシュ、まさかこいつの言うこと信じるの? 言っちゃなんだけど、どう考えたって、苦し紛れの言い訳じゃないか」
「……いや、甚だしく腹立たしいが……あながち間違いでもないかもしれん」
「……正気?」
「ダリル村は、不審火の事件があってから随分閉鎖的になっていた。そうだろう、ゲイリー?」
水を向けられたゲイリーはこくこくと頷いた。
「そ、そのとおりだぜい? 俺と旦那方が出会った頃の話だから、ちょいと前にはなるが……村の人間がよそ者を警戒しすぎてて、誰も中に入れやしねぇんだ」
「だがそれは、裏を返せば、身内の人間にとっては絶好の潜伏場所になる、ということだ」
三人の視線が交錯した。
ダリル村。誰ともなく呟いた言葉は夜の静寂の中で不穏に響く。
暖炉の炎が揺らめく。微かな音を立てて空気を焦がす。
そして。
「素晴らしいわ」
扉の開く音と共に、軽やかな女の声が響いた。アッシュ達は弾かれたように顔を上げた。こんな時間に客人などあろうはずがない。三人の間に緊張が走る。
軽やかな足音と共に姿を表したのは、見覚えのある女性だった。
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