笹の葉の季節に君を想う

小山空

陽炎が生んだ亡霊

 灼熱しゃくねつの太陽が照りつける路上で、私は一人、彷徨さまよっている。

 いつからそうしているのかも覚えていない。ずっとそうしていたのかもしれないし、さっき始めたのかもしれない。よくわからない。最近の私のすることには意味や目的なんてものはないから。私にあるのは、大きな喪失感そうしつかんと、いくつかの思い出だけだ。

 強烈な陽射しに熱されたアスファルトからは陽炎かげろうが立ちのぼり、景色がゆらゆらとゆがんでいる。

 ふと、その歪んだ景色の中に、幼馴染のれいの姿を見た気がした。

「嘘、そんな……」

 私は大きく取り乱し、よろめいてしまった。かたわらに立つ電柱に手をつき、なんとか身体を支える。

 見間違い……よね。だって、ありえない。零は……。

 私はもう一度、零の姿が見えた方向を見てみた。ちょっと距離があるが、やはり、見間違いではなさそうだ。別人のように雰囲気が暗くなったような気はするものの、あれは確かに零だ。

「なんで……」

 わけがわからなかった。暑さとは関係のない汗が出てくるような感じがした。



「さ〜さ〜の〜は〜さ〜らさら〜」

 突然、七夕の歌を歌う小さい子どもの声が聞こえてきた。

「あら、上手ねぇ、みかちゃん。幼稚園で練習したの?」

「うん。それでね、あしたね、たなばただからね、せんせーがね、これをね、かざりなさいって」

「あらそう。じゃあ、お家についたら飾ろうねぇ」

 幼稚園児とそのお母さんの、たわいのない会話だった。



「そっか。今日、七月六日だ」

 私はボソッとつぶやいた。

 あの日から、今日でちょうど一年になる。

 あの日。七夕の前の日。

 私と零は近所の雑木林に、七夕飾り用の笹を取りに行った。その帰り道、車が零を私の目の前から、消し飛ばしたのだ――。



 あれは、きっと零の幽霊なのだろう。

 自分の命日に、私の前に化けて出たのだ。私への恨みが、そうさせたに違いない……。

 あの日、私が家まで競走しようなんて言わなければ、いや、そもそも笹を取りに行こうなんて言わなければ、零は車にねられて死ぬことはなかったのに。私のせいで、零は……。

 気づけば私は、零の後を追って走っていた。

「零! ねぇ、零! 待って!」

 必死で叫んだ。応答はない。十メートルもないこの距離で、聞こえないわけはないのに、零は返事もせず、ものげにうつむいたまま歩き続けている。

 私も走り続けた。そしてやっと追いつき、前を歩く零の腕をつかもうと手を伸ばす。しかし、私の手はむなしくくうを切った。距離感を間違えたのかと思って、何度も試してみる。しかし、これだけはっきりと目に映っているのに、零に触ることはできず、私の手は、いや、手だけでなく全身が、完全に零の身体をすり抜けてしまう。

「なんで……。私は、ここにいるのに!」

 目に、涙が溜まってあふれそうになる。

 私は零に責めてほしかった。うらごとを言ってほしかった。私のせいで零は死んだのに、おばさんも、零のお兄ちゃんもお姉ちゃんも、私を責めてくれなかった。私には、それが逆につらかった。

 そして今、一年の時をて、私の前に姿を現した零も、私を責めようとしない。それどころか、私の存在に気づいてもくれない。ただその姿を私に突きつけるだけだ。

 絶望に沈んだ私は、止まった足を動かせなくなり、路上に立ち尽くした。零の後ろ姿が離れていく。

 陽炎が、また零の後ろ姿を歪ませる。そのまま零をゆらっと消してしまうような気がした。

 ……それはダメ!

 これは、私への罰に違いない。

 誰からも直接的に責められることなく、ただ私の罪の形を突きつけられることが。

 それなら、私がすべきは、この罪と最後まで向き合うことだけだ。

 私は覚悟を決め、再び零の後を追った。零が、どこへ向かい、そこで何をするのか、しかと見届ける。それが私の贖罪しょくざいだ。

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