第7話~しぃとび びすぽっこいと ばす~(お邪魔します)

 放課後、新入部員募集のポスターが校内の色んな場所に貼られていた。

 私は自分のクラスの廊下に貼ってあるポスターを眺めていた。


(気が進まない……皆は部活入ったりするのかな?)

「ふふ。シャルル、背後ががら空き」

「なっ!?」

(まさか文乃!?)


『むちゅ~』

 振り返ると、頬に熱いキッスをされた。

 しかも壁に押し付けられていて動けない……

「!?やめろっ……」


「あれって二人ともハーフの子じゃない?」

「スキンシップ凄い……」

 女子生徒がチラチラと見ながら通り過ぎていく。


 私は抵抗するも中々引っがせない。そしてこいつは体格がでかい上に、私は背も小さい。

『ぺろぺろ』

 今度は顔や首をぺろぺろ舐めてくる。

「ちょっ!舐めんな!」


「見ろよ!アレ!なんかえろくね?」

「うらやましー。俺もやってほしいなぁ」

 男子までが通り際にちらちらと見ている。


「ふんっ!」

『ドゴォッ!』

 彼女の腹部にパンチをする。

「うぐゅぅぅ~……」

 文乃はそのまま体をくねらせながら倒れる。


「文乃ちゃん……?大丈夫?」

 一部始終を見ていた恵美さんが、空気の抜けた文乃を指で突っついている。

「だ、大丈夫ぅ……」

 文乃はちょっと痛そうにしている。


「シャルちゃんもあまり強くやっちゃだめだよ?」

「う、うん。ごめんね?痛かった?」

 恵美さんが注意で、ちょっと力を入れすぎたかなと心配になった。


 そしてよく見たら、今日は長い癖っ毛を小さなツインテールに纏めている。

 それはとても似合っていて、クールさから可愛さにひっくり返したような感じだった。


(ツインテの記事に載ってたピュアテールってやつね。もしかしてお兄ちゃんにどれが良いかとか聞いたのかな……?)

でも癖っ毛でロールしてるから正確にはロールピュアテールだろう。


「大丈夫。シャルルが望むなら天国にだって……」

 文乃は幸せそうに私へ手を伸ばしている。

(なんか本当にか弱く見えてきた……)

「それは私が地獄に落ちるから無理……」


「うまいねぇ。それは一本取られたなぁ」

 いきなり背後から声をかけられてびっくりする。

「いや、誰もあんたから一本取ってないって……」


「ふーんふふーん」

 瑠璃さんはご機嫌なのか、鼻歌を歌いながら教室から出てきた。

「あれ?るりるりどしたの?」

「私ね~、新しい部活を作ろうと思うの~!」


「お、おぉー」

 流石の夏々さんもその突拍子な宣言には驚いていた。

「す、凄いわね瑠璃さん!どんな部活を作るの?」

 恵美さんが質問すると、返ってきたのは瑠璃さんらしい答えだった。

「園芸部だよ~」


「園芸部ってお花育てたりするやつ?」

「そうそう~!」

 夏々さんの予想は間違ってはない。

「でも、部活を作るのって最低でも五人いなきゃダメなんだっけ……」

 文乃が部活についての詳しい知識を露見させる。


(そ、そうなんだ……)

「瑠璃さん、当てはあるの?」

 私が聞いてみると彼女はきょとんとしている。

「?」


「これから探すの……?」

「…………」

 瑠璃さんは落ち込んだ表情で、その場に女の子座りしてしまう。


「ま、まぁ部活じゃなくたって!花は植木鉢で育てられるから!」

 私の失態を文乃がカバーしてくれる。


「で、でも私の家……ベランダが小さいから……」

「皆でやれば問題無いよ……!多分!」


 とは言ったものも……一番家が広いのは文乃の家だ。

 でも彼女の家庭は、大人数の友達を招き入れるのは難しい……


「よし、シャルルの家に行こう」

(それはあんたの欲求でしょーが!?)

 でも他二人の家はどうなのだろうか……


「そ、その……いきなりで片付いてないかも……」

 しっかりしてそうな恵美さんから出た答えは意外なものだった。

「あたしの家は構わないよー。お母さんも多分気にしないしー」


「でもいきなり四人は……夏々さんのお母さんも迷惑しちゃうんじゃない?」

(ここぞとばかりに饒舌!?)

「私だって兄がいるし……」


「ザックは大丈夫。気が利くからすぐ仲良くなれる」

(君、それ自分の首絞めてますよ……)

 兄にヤキモチを焼く彼女の姿が容易に想像できた。


「文乃さんはシャルちゃんのお兄さんと仲良いの~?」

 瑠璃さんは疑問に思った事を直に聞いていた。

「なっ!べ、別にアイツとは仲良くはないデスヨ」


「へへぇ……妹さん的にはどうなんですぅ?」

 夏々さんが私の近くへ寄り、こそこそ話をしてくる。

「全然ありだと思う」

 と言いつつも実は複雑な気分だったりもする。


(というか待って!これが文乃の戦法……!?)

「んじゃレッツゴー!」



『ガチャン』

「ただいま……」

「ただいま~」

「お邪魔しまーす」

「お邪魔しま~す」

「お邪魔しまっす~」

 結局四人とも来た。

(なんであんたもただいまなの……?)


 一応事前に兄には連絡入れておいたし、うまい感じに猫被ってくれるはず……

「おかえり~。いらっしゃい、はじめましてだね?兄のアイザックだよ」


「はじめまして、私は幸村恵美です」

「はじめましてー、あたしは美愛莉夏々って言います」

「はじめまして~、私は春佳瑠璃です~」

 皆それぞれに挨拶をした後、靴を脱ぐ。


『ウィーンガシャッ』

 彼女達の声とは別に、兄の部屋から機械音がする。


「あー、今お菓子持ってくるからリビングで待っててね」

「あ、うん……」

 私がそう告げると、恵美さんは戸惑いながら返事する。


 そして兄の横を通る時、兄に聞こえるように呟いた。

(あんまりガシャガシャしないで)

「は、はぁい……」


「なになに?なんかやってたのー?」

 三人がリビングに向かう中、文乃が兄の部屋を開けようとする。

『ガシッ』

「い、いたい……ザック?」

(ほっとこ)


「ベランダは植木鉢置けそうでしょ?」

 台所で色々と用意をしながら皆に聞いてみる。

「う、うん」

 リビングの向こうのベランダは多少なりともスペースがあった。

「陽当たりも良さそ~~」


 皆の所にお菓子を持っていく途中、ひそひそ声が廊下から聞こえた。

「お前が僕の部屋に入るってことは、その……」

「その?」

「そういうことだ……」

「ふぇ……!?」


(バリバリ意識してんじゃねぇか)

 確かに髪型変えてきたら困惑するだろうね……私も若干甘くなってしまった。

(ま、まさか……兄に指摘されたとかじゃなくて、そもそもそういう戦法!?)


「はい、お菓子と飲み物。トイレは廊下行って左の部屋だよ」

 私は気にしない振りをして、お菓子とジュースを運ぶ。

「わー、ありがと!」

「ありがと~シャルちゃん」

「いただきまーす」


「手洗う場所は?」

「あートイレの横の部屋だよ」

 私は廊下をちらりと確認する。

(い、いない!?文乃と兄がいない!まさか友達がいる中で……)

 私は兄の部屋で戯れる二人を想像した。


『ジャーー』

『ガチャ』

「あー、トイレ借りたよー」

(ほっ……良かった)


「お?シャルちゃんそんなに慌ててどうしたのかな?」

 二人はポカンとする中、夏々さんは分かりきった様子で私に耳打ちする。

「き、気のせいじゃない……?」


 順番に手を洗った後、お菓子を食べながらくつろぐ。

「やっぱりお煎餅は王道!」

「夏々、溢さないように」

「はぁーい」


「瑠璃さんはどんな花育てたいの?」

「えーっとねー、コスモスとかー、チューリップとかぁ~」

 彼女の話す花は、ちゃんと世話をすれば育てられそうな花だった。


「じゃあ明日でもお花屋さんに種買いに行こっか?」

「うん!」

 瑠璃さんも楽しみなのか元気に返してくれる。


「順調そうね」

「あたしも行くー!」

「わ、私も行くから!」

 恵美さんは落ち着いていて、夏々さんも相変わらず元気に手を上げている。

 文乃は焦った様子で必死に付いていこうとしている。


(心強い!)

 文乃は来なくてもいいんだよ?と意地悪してみたくなる。


(でも、花を育てるなんていつぶりかな……?)

 小学生の頃、一度家族で花を育てた記憶がある。

 ホームセンターに鉢と土を買いに行き、花を沢山育てた。

(ロシアのお祖父ちゃんお祖母ちゃんに持ってったんだっけ……)


「鉢ってあったかなぁ……」

「沢山用意したし持って来ようか~?」

(あ、探す手間が省けるけど……)


「い、一応今探してくるよ。無かったらお願い」

 くつろいだ体勢から立ち上がろうとすると……

 文乃が一人廊下に向かおうとしていた。忍び足で。


「文乃?」

 少し嫌な予感がしたので彼女を呼び止める。

「私もさが……」

「大丈夫よ?」


「ダッシュ!」

「待てこら!」

 私は彼女を追いかける。


「わっ!?」

「二人とも元気~」

「シャルちゃんも大変ね……」

 皆も座ったまま、私達の様子を見ている。


「ん!?」

 兄がタイミング良く部屋から出てくる。

「お兄ちゃんそいつ止めて!」


「うわっ!?」

 それに気付いた文乃は、驚いて足を踏み外しバランスを崩す。

『ドテンッ!』

 兄を下敷きにして彼女は倒れる。


「だ、大丈夫?」

「いてて……」

「いったぁ……」


 心配して声をかけるが、どうも謎に感じた。

(お兄ちゃんタイミング良すぎやしない……?まさか……)

 先日の小型監視カメラを思い出す。


「お前は走るなって……」

「急に飛び出さないにぇっ……!?」

 文乃が何か変な声を上げる。

「?」

 近付いてみる。よく見えないが……顔が近いからとかではない。

(あれ、お兄ちゃんの片手どこだ……?)


「ん?」

「ひぎゃっ、ふにゃっ……!?」

 それは文乃の開いた足からちらりと見えた。

(待てよ、考えろシャルロッテ……今最も重要で最善の選択は……)


「皆、大丈夫だったみたい……」

 後ろへ寄ってきた皆に心配ないよと伝える。

(こんなの見られたら、文乃も私も変なやつだって思われちゃう……!)


「そ、そう?」

「そっかぁ……ぬふふ」

「それならよかったぁ~~」

 皆納得してくれたようだ。一名を除いてだけど……


「ほらほら、戻ってて大丈夫だよ。私探してくるね」

「わかったわ」

「は~~い」

「あたしはトイレー」

 一人はニコニコしたまま帰らない。

(まぁバレてるなら、というか夏々さんならいっか……)


「えちえちだねぇ……」

「二人とも気を付けてね?ほんと……」

 夏々さんが笑いながらそう呟くので、私も二人を注意する


「ぷにぷにだぁ……!」

 夏々さんが文乃の大きいお尻や太ももを指で突っついている。

「ぬひゃぁっ!?や、やめっ……!くすぐったいからぁ……」


「シャルちゃん……!仕返しするなら今だよ!」

「えっ……?」

 その言葉に戸惑ってしまう。

 確かにあれ位のことはやり返したい。けど文乃は本当は凄い臆病だし、泣かせたりしたくはない。


「ほらほら、あんまやりすぎると泣いちゃうよ」

 兄が程々の具合で止めてくれる。

「ちぇー」

「ふぎゃぁ……もうだめぇ……」


 文乃が横たわってへばっている時、また私の奥に眠るスイッチが入った。

『ぐじゅっ』

「あぁんっ……!」

 彼女の小さな矯正が漏れる。


「シャル!?」

「シャルちゃん!?目覚めたんだね……!」

 兄は驚いているが、夏々さんはよく分かんないことを言っている。


「夏々ー?あんまり迷惑かけるんじゃないわよー!」

 リビングから聞こえる恵美さんの言葉で現実に戻される。

「はーい」

 夏々さんはトイレに入らずに戻っていく。


「シャルルぅ!遂に私を受け入れてくれたんだね……!」

 文乃が手を広げて私にハグを求めてくる。


 とりあえず湿った右指を兄の手に擦り付けてみる。

「シャル!?」

 兄は呆然としながら驚き、顔を赤くしている。


「あわわわ……!」

 そして文乃は真っ赤になった顔を手で隠している。

「どうだぁー、ぬふふ」

(そういう形なら泣けまい。リア充爆発しろ)


 私は本来の目的を思い出して、廊下に隣接した物置きクローゼットを開く。

 クローゼットの下の方に、いくつも重なった鉢を見つける。


「二人ともこれを気に気を付けるんだよ?」

「はぁい……」

「うん……」

 戻り際に笑顔でそう話しかけると、私はリビングへと戻る。文乃もおどおどと付いてくる。


「ほら、あったよー」

 気を取り直して合計八個程の鉢を置く。

「わぁすご~い!こんなに沢山~」

 瑠璃さんも鉢の量に驚いている。


「昔は何か育ててたりしたの?」

「うーん、向日葵ひまわりとかスイレンとかマリーゴールドとか……あとは覚えてないや」

 恵美さんに花の種類を聞かれたので思い出せる範囲で答えた。

(咲く時期ごとに分けて沢山育てたけど……一部しか思い出せない)


「すご~い!私にも色々と教えて?」

「うん、もちろん!」

 瑠璃さんは目を輝かせて私を見つめる。

(あぁ~ほんと天使)


「ロシアに持ってくために?」

「うん、そうそう。切り花とかならしっかり確認取れば持っていけるんだよ」

 文乃がその理由を得意気に聞いてきた。


「土も肥料も昔のが残ってるから足りなくなったら買いに行こっか」

「で、でも……シャルちゃんの家で育ててもほんとに大丈夫?」

 瑠璃さんが心配そうに話しかけてきた。


「大丈夫、世話しにおいで」

「うん!」

「あたしも!」

「んじゃ私も」

「私もだから」

(だからって、あんたは決定事項なのね……)


「ささ、暗くなる前に帰らないと心配されちゃうよ?」

「えーもうちょっとあの二人観察したいぃ~」

 夏々さんは花より兄と文乃が気になるらしい。

(か、観察しなくていいです……)


「ほらほら、迷惑かけちゃうでしょ?家事もあるんだから……お邪魔しました。またねシャルちゃん」

「うん!またね」

「えぇー、まただけにまたねー」

(それは草。しょーもなすぎる)


「またね~シャルちゃん」

「うん、三人ともまた明日ね」

 そうして三人とも帰っていった。



「あんたも帰ろ?まだ間に合うよ」

 何故か文乃は平然とここにいる。

「保健体育の勉強教えて?」

「帰れ」

「むぅ~」


(毎日来んなぁ……!)

「お母さん心配するよ?」

「はぁーい……」


 しばらくするとインターフォンが鳴る。

 エントランス画面には文乃の姿が写っている。

「なんで?」

『いなかった……』

 彼女は軽く泣いている。


「はぁ……お兄ちゃんお願い」

「シャルのお願いとあらば!でももう一回聞かせて?」

 兄は敬礼をして犬のように言葉を待っていた。正直恥ずかしい。


(一回だけなら……)

「お兄ちゃんお願い」

「もっとゆっくり」

「お、ね、が、い!」

(しつこい……!)


「もっと優しく!」

「さっさとしやがれ豚が!!」

「はいぃぃ!」

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