第5話 太陽の国

 俺は、なんだかワクワクしていた。


 何故なら、宮崎サン・リゾートのリニューアルオープンの日がついに決まったからだ。日付は6月の上旬の金曜日。あと約3ヶ月先だ。これで広告にも決定稿が出せて、大々的に宣伝が始められる。オーナーからは予算アップが認可されて、有名女性アイドルを使ってプロモーション・ビデオ(PV)を撮影する事も決まり、竜助氏の指示の元に若くて有能なディレクターが起用された。


 本物の屋内温水プールはまだ工事中なので、CG合成用のブルースクリーンを背景に、人気アイドルが水着姿でプールサイドで水と戯れる姿を生で拝見出来るなんて、やはり業界人の特権だろう。若者に人気の音楽グループにCM曲を依頼してPVのバックに流し、フルバージョンをYoutubeにアップした所、アクセス数はウナギ昇りだった。曲のタイトルは


「太陽の国」


 勿論、


「なんもかんも、サンサンみやざき!!」


 のキャッチフレーズも入っている。PVの最後にアイドルが叫ぶ決めゼリフも、


「なんもかんも、サンサンみやざき!!」


 ここまで来るとコピーを考えた本人としてはちょっとこっぱずかしい。


 WEB上には専用のホームページは勿論、Twitterやインスタグラム等のSNSも特設して前宣伝には余念が無い。ツイート役には某有名ツイッターの女子高生と専属契約して、日々色んな情報を流してもらった。学生を起用したのは、友達旅行と家族連れ、それに修学旅行の誘致を計算しての事だった。案の定、彼女のフォロワーはあっと言う間に数千人を超え、リツイートされるたびに増えていった。


 美緒には父親との約束の事は伏せておいたのだが、どうやら美緒が無理強いして父親から聞き出したらしく、スマホでサン・リゾートの株価を毎日チェックしては、


「見て見て〜! また少し上がってるよ!! 凄い凄い!」


 と小躍りして喜んでいた。


 実際、旅行代理店が予約を開始した所、思いの外売れ行きは順調の様で、先行きを危惧していた部長もこれには感心していた。


「ね、部長。言ったでしょ? これはオイシイ話だって」


 栄子先輩がドヤ顔しながら部長を見下ろす。


「う〜む、確かに。これは君達の才能と努力の結果と認めざるを得んな。しかしオープンはまだ先だ。くれぐれも気を抜く事が無い様に頼むぞ」

「分かってますって。オープニング・セレモニーが成功したらボーナスよろしくですネ!」


 そう、俺が発案したオープニング・セレモニーには、例の人気バンドの生ライブとアイドルのトークショー、それに記念すべきウェディング・カップル第一号の結婚式が予定されているのだ。イベント・プランナーや舞台監督との打ち合わせもしなければならない。


 仕事が忙し過ぎて、俺と美緒はなかなか時間が合わずに一緒に過ごす時間が減ってしまったが、美緒は文句一つ言わずに夕食を作って俺を待っていてくれた。


「だって、茂は私の為にここまで頑張ってくれてるんだよ? こんなに幸せな事なんて無いよ」


 そう言う美緒の頬には、またあの大粒の滴が伝わっていた。


「泣かないで、俺の紫陽花ちゃん。いつかきっと、もっともっと幸せにしてあげるから」

「そうじゃないの。もういっぱい幸せだから泣いているの」


 俺には、そう言う美緒を優しく抱きしめるしか思いつく手段が無かった。


 季節は桜の時期を過ぎ、また梅雨の雨が降って来た。


 いよいよ宮崎サン・リゾートのリニューアル・オープンまであと僅かとなった。オープニング・セレモニーは人気グループの前評判もあって、五千人を収容出来る大ホールのチケットは満席の完売となり、その様子はYoutube上でライブ中継される事となった。


 関係者の俺は、美緒と美緒の父親と母親も招待席を用意した。この日は半年かけて俺が用意した最大のイベントだったので、是非ともこの三人には見てもらいたかったからだ。


 そしてついにその日はやって来た。当日は生憎の雨、しかも舞台監督助手が急病で来られなくなってしまった為、俺は他に台本の進行を把握している人間が居ないので急遽裏方として手助けをする事になり、忙しく舞台の裏のチェックに走り回る。楽屋でバンドやアイドル、司会者MCのスタンバイは出来ているか。花婿や花嫁の準備は良いか。等々を確認し、舞台監督に報告する。


 時間だ。ステージが一瞬暗くなり、バンドの演奏が始まる。観客席からは熱い声援と共に拍手が巻き起こる。最初の曲は人気バンドのヒット曲。若者なら誰でも知っている名曲だ。この時点でYoutubeでは10万アクセス数を超えていた。3曲ほど続いた後に人気アイドルとMCのトークショー。アイドルは大胆にも水着姿で、この後の大屋内温水プール開きにも参加する予定なのだ。そう、外がどんな天気であろうと楽しめるのがこのプールの最大のウリだ。Twitterに水着画像がアップされると、たちまち『いいね』の数が数万になった。そしてブライダル・カップルの登場。神父さんの前で永遠の愛を誓い合う二人と、それを見守る五千人の観客。二人の


「誓います」


 の言葉と共に、会場から一斉に歓声と拍手が沸き上がった。新郎新婦がステージの脇の席に付く。すると、MCが俺の台本には無いセリフをしゃべり始めた。


「えー、ここで皆さんにサプライズがあります。今日このイベントを企画してくれた広告代理店の藤崎茂さんと、その恋人の安藤美緒さん。どうぞステージの上にお上がり下さい!」


 ステージを舞台裏から見ていた俺は一瞬何が起きているのか分からなかった。俺の後ろで栄子先輩が俺の背中をつつく。


「ほら、アンタが呼ばれてるんだよ! 早く行きな!」


 まるで準備されていたかの様に、水着アイドルが俺を迎えに来て無理やり手を引っ張り、俺はステージの中央に立たされる。美緒も観客席からスタッフに連れられてステージの上に上がって来て、俺の隣に並ばされる。MCは状況を観客に説明する。


「皆さん、今日このライブやイベントが楽しめているのは、みんなこの茂さんのおかげなんです。そして茂さんは隣にいる美緒さんと結婚を誓い合った仲なんです。でも美緒さんの頑固なお父様がそれを許してくれなくて困っているんですって!」


 会場に大きなブーイングが鳴り響く。


「しかしですね、お父様は茂さんに一つの条件を出されました。それはこの宮崎サン・リゾートの株価が一定の額を超えたら、結婚を許して下さるんですって! そこでネットで株取引をしている方にお願いします! 今すぐサン・リゾートの株を買って、株価を上げて下さいませんか? Youtubeで見ているでしょう? 宮崎サン・リゾートはこんなに素晴らしく生まれ変わりました。それもみんな、このサン・リゾートの復活計画を企画した藤崎茂さんのおかげなんです!」


 会場の大型スクリーンに、株式市場の映像が映し出される。一方で悪天候の中、アイドルとプールに押し掛けた若者達が世界最大の屋内温水プールでの水遊びを楽しんでいるプール開きの映像もカットインされる。すると、今まで動き渋っていたサン・リゾートの株価が徐々に上がり始めたではないか! 会場からは


「上がれ! 上がれ!」


 のコールが巻き起こる。その声に呼応するかの様に株価もどんどん急上昇して行く!


「どうですか、お父様? これでもまだ茂さんと美緒さんのご結婚に反対なさいますか?」


 今度は会場から


「許せ! 許せ!」


 のコールが沸き上がる。


 スタッフがマイクを持って招待席の美緒の父親の元へ駆け寄り、マイクを差し出す。


「藤崎さん、あんたは大した男じゃ。これだけやられよったら、娘を嫁に出さん訳にはいかんじゃろうね。分かった。美緒を幸せにしてやって下さい」


 会場の割れんばかりの歓声と拍手の中、人気グループの最後の曲、


「太陽の国」


 の演奏が始まった……。

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