悪戯

梨花に呼び出された僕はまるで狐にでも摘まれた様な気分になっていた。

嬉しくて嬉しくてたまらい気持ちが抑えきれない…

でも、心は此処にあらずというか、今までに感じたことのない、何とも言えない不安な気持ちにもなっていた。

これをきっと人は初恋とよぶのではないだろうか…

逢いたくてたまらない気持ちと急に呼び出されたために気持ちの準備が出来ていないために、どうして良いのか分からなくなる自分がそこにいた。

キャナルシティ博多へ向かっていたタクシーは国体通りから、祗園町を抜け、

博多駅へと向かっていく。タクシーの運転手さんが何か愉しげに話しかけてくるが、

全くと言っていい程、頭に入ってこない。博多駅入口という交差点は何時も混雑している。タクシーが信号に引っ掛かる度に、珍しく苛々としている自分がいた。

やがて、交差点と抜け博多駅が目の前見える交差点で僕は抑えきれない鼓動を感じながら、タクシーを降りた。梨花は何処にいるのだろうか?

走りながら辺りを見渡し、懸命に梨花の姿を探した。

ズボンのポケットからスマートフォンを取り出し、梨花に電話をしてみる。

流れるコール音ですら、とても長く感じている。早く出てくれ…不安感で心が取り乱されている。お留守番サービスのガイダンスが流れ始めている。えっ、梨花は何処にいるの…まさか、また何時もの悪戯かな?

何故か僕は今さっきまで、緊張していた自分の心に余裕ができ、そんな自分が可笑しくなってしまう。

「またかよー」

思わず、大きな声で言っていた自分がいた。

梨花はよく子供ような悪戯をする。

ホテルでシャワーを僕が浴びている間にクローゼットの中に隠れて、慌てて探す僕を驚かせてみたり、一番びっくりしたのは笑うと目がなくなってしまうほど

「肝試しぃー」なんて事を急に言い始めた梨花が深夜にファミレスから帰る途中に僕の家の近くにある、かも有名な青山墓地に入って行ってしまった梨花に無理やり連れてかれてしまった僕が肝試しをした夜の話だ。正直いってホラー映画すら怖くて見れない僕が肝試しをしてしまった夜、梨花が珍しく僕の家に泊まっていった日、何時もなら先にシャワーを浴びる梨花が何故だか僕を先に行かせてようとした。

不思議には思ったが、彼女は深夜のお笑い番組を観ながら、お気に入りの[じゃがりこ]のサラダ味を食べていたため、先にシャワーを浴びた時、シャワーから勢いよく放出される水が何と血吹雪の様に真っ赤になってくる。思わず、呪われてしまったと思い、恐怖に晒された僕はすっ裸で飛び出してしまった。するとそこにはゲラゲラと大声でお腹を抱えながら笑っている梨花がいた。

恐怖感が止まらない僕と、してやったりの満足感たっぷりの梨花。

そう、梨花は僕がシャワーを浴びる前にシャワーのノズルを外し、うがい薬のイソジンをたっぷり入れておいて、いかにも血が出てきたかの様に見せるために悪戯をしていた様だった。そんな梨花がバイトを休んでまでも東京から博多にやって来る…

「また、何時もの悪戯か…」

ワクワク、ドキドキと浮かれていた自分に笑えて来る。さて、予定通り、キャナルシティ博多で洋服でも買おうかなぁ…と考えていたその時、僕の左手にブルブルと痺れが走った。バイブにしていた僕のスマートフォンが鳴っている。表示は梨花だ!

慌てて、タップした。

「もしもし」

「もっしーぃ。ごめん純正、今ね、うんとー近くにマックとかスタバとかあるの。でね…純正が好きな方が良いかなぁーって思って駅近のスタバの外で待ってるよぉ」

スターバックスは今、僕は立っている場所のすぐ目の前だ。

「えっ、マジでいる訳?」

「うん、そのマジでいる訳よ。ここ、純正わかる?」

「つーか、目の前だよ。」

「えっ、ここ、ここ」

反対の通りではあるが、はっきりと右手を振っている梨花がいる。

梨花だ…本当にバイトを休んでまでも、早く来た梨花がハッキリと見える。

逢いたい、早く逢いたい。抑えきれない想いが込み上げ夢中で僕は走り出した。

「今、行くから」

人ごみを掻き分けながら、僕は走った。
































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