案の定迷子になるフェアと寝てばかりの変な占い師

「あ、結構喋ったんじゃないかしら」

「うん? おや、もう一時間近くも」

「喋りすぎ、です」


 コーヒーが無くなった後も喋り倒していた四人。ふと我に返ったフェアの言葉に反応してナターシャが腕時計を見ると、店に入ってから五十分ほどが経過していた。

 ここぞとばかりに糾弾してくるマーキュリーであるが、先ほどまで撫でていた猫がどこかに行ってしまった八つ当たりのようなものとも見えるが、ナターシャはニコニコとわらいながらそうだねと肯定する。


「むぅ……」

「法律で口は回っても、口撃はまだまだだねぇ」

「仕事柄、あまり嘘をつくのに慣れていないということじゃ? マーキュリー」

「……メイルしゃんに、言われるのは、癪……ですけど。はい、そうです……」

「いちいち喧嘩を売るような口調なのは素ですか? それとも故意ですか?」


 比較的仲の良い人物には温厚なメイルも、立て続けに馬鹿にされたり貶されてはむかっ腹がたつもの。平静を保っている様にしつつも、どことなく怒気を孕んだメイルをナターシャがまぁまぁと静止させる。


「とりあえずこれからどこ行くかサ。鞄? それとも本屋?」

「そ、そうね。ええと……お勧めの店が近いのはどちら?」

「私がひいきしている所だと、本屋かねぇ。それでも少し歩くけどね」


 「歩きながら気になるところに寄ればいいサ」と言うナターシャに、マーキュリーの口を指で押さえたフェアが頷く。一方メイルはナターシャに頭を抱えられ、恥ずかしいからと腕を叩くなどの抵抗を見せていた。恥が上回って怒りも霧消したらしいことを確認すると、ナターシャはやっと同僚を解放する。


「ひ、人前でなにを!」

「私はわかんないけど。メイル、あんまり怒ると魔力があらぶる? みたいなので、周囲のヒトにばれちゃうんじゃないの?」

「あ……そうですね……すいません、お水飲んで頭冷やします……」


 アランやメイルから魔法のことについて教えてもらっている事で、それなりに知識を持ち始めたフェア。残念ながらアラン曰く最高でも専門級程度までの才能しかなく、あくまでも技術でなく知識で止まってしまっているのだが。 

 魔法使いとして大成したい、という夢を持っていたわけでもないため、アランは死ぬようなフェアの攻撃を受けたわけでは無いのだが。 ……それでもどことなく悔しい、悲しいという感情があり、三日間ほど苛烈な要求があった。アランは何か思うところがあったらしく、この時ばかりは、珍しく反論もせずに従っていた。四主会議から帰ってきた数日の間の出来事である。


「支払いはどうしようか。あたいが持つかい?」

「貰ってばかりじゃ悪いから、ここは私が」

「え……」

「フェアはいいですから。ここは働いている者達にお任せください」

「むぅ……子ども扱いされてないかしら?」

「ふふ……十五、なんて。子どもも、子ども……でし……です……頭撫でないで、ください……」


 噛んだ途端に頭を撫でてくるフェアに、抗議の声をあげるマーキュリー。何度となく繰り返しているやりとりであるが、フェアに止める気配は見られない。

 ひとまずメイルが会計を済ませ、四人は外へと出る。昼の一番温かい時間のためか、冬の魔族領では一番過ごしやすいこともあり、先ほどよりも通りのヒトの数は多く見えた。


「こ、これは……」

「迷いそうだねぇ……」

「手でも繋ぐ?」


 迷子にならないうようにとのメイルの提案であったが、毒舌家で素直に物事を語るマーキュリーは露骨な嫌な顔をして。


「普通に、嫌……です」

「とりつくしまもない」


 メイルが思わずツッコミを入れる。マーキュリーとしては手を繋いでいると、行く先の店で小さい子のように扱われ、それが嫌だということであった。


「まぁあたいらは魔力探知でなんとかなるし、気を付けるってなるとフェアの方だろうさ」

「私?」

「そうですねぇ。注意はしますが、なにぶんこの人だかりですし……もしはぐれた時はヒトが少なそうな店にでも入っておいてください。人混みに紛れてるより探知しやすいので」


 人ごみではマーキュリーと言えどなかなか魔力探知でも探しづらいのだ。マーキュリーレベルならば不可能ではないが、凄まじく集中力を使うため病み上がりの体ではあまり良い物では無い。


「まさか。迷子になんてならないわよ」


 そう楽観的に答えるフェア。たしかにマーキュリーは日傘を差しているし、三人も同行者がいるなら問題ないだろうとも思えるが。


「それじゃぼちぼち行こうか」


 そう言って四人は歩き出す。いちおう歩く人の少ないような道の端を通っているが、それでもヒトの波はとんでもない。

 先ほどまでの道より広い王城通りになんとか出るも、ヒトの数はさらに増え、慣れていないフェアは横に並んで歩くことも難しい。


「あ、ちょ……なんでみんなあんなに早いの?」


 人ごみに慣れている三人はひらりひらりとリズムよくヒトを避けながら歩くものの、フェアは悪戦苦闘していた。

 人間ならばまだしも、ここは魔族領の本拠地も本拠地。小人から巨人までいるような都市である。縦に長いのも居れば横に長いのもおり、馬車のようなものも悠々と街を歩いているのだ。


「お、置いて行かれ……」


 活気に飲まれてか、メイルとナターシャの二人は会話に気を取られているようで、マーキュリーもついて行くのに集中しているのかフェアに気付いていない。


「たわねぇ……」


 目を瞑って、何とも言えない表情で立ち止まる。複雑な気分ではあるが、妙に自信満々だった自分にも非がある為、憤ることはしなかった。

 

(早々迷子になるって恥ずかしいけど、下手に動くより近くで待っていた方が良いわよね……)


 ひとまず近隣の店を物色し、お客の少なそうな場所を探す。

 むさくるしいおっさんが店番をしている魔法武具店、美しい布の並んだ呉服店。

 どうやら人気店らしい行列のできたテイクアウトの料理店、魔族領産らしい見たことも無い花を売っている花屋。


 改めて眺めているだけでも、フェアには物珍しく、どれも新鮮に思えた。


「ん……? このお店……」


 ふと気になる建物……もとい、テントがあった。

 赤い布で作られた大型のテント。王城通りの脇道、簡易テントの並んだ屋台用のストリートなのだろう。そのごく手前。とある金物店の後ろにあるもの。


「……占いの館? 胡散臭い……」


 本音としてそう口にして罵りつつも、どこか興味が引かれた。


「ごめんください」


 中を窺って見るとあまりヒトの気配を感じない為、フェアはひとまず見るからに怪しいとは思いつつも入る事にした。


「すや……」


 フェアが入ると、中にあったのは布の掛けられたテーブルに水晶が乗っただけの道具と、その後ろで椅子にもたれて寝ているローブの女である。その向かいにお客用らしき椅子がもう一つ置いてあるが。


「なんで寝てるのよ……お客さん来てないのかしら……」


 呆れた声を漏らしていると、ピクリと女性が動いた。


「すや……そこにすわってねぇ……代金はあたってると思ったらでいいよぅ……すや……」

「寝てるの起きてるの寝てるの?」

「寝言だよぅ……」


 フェアの質問に答えるが、言葉と動作が一致しない為まったく説得力の無い占い師の女。冷やかしのように立っているのも変だし、占い師の言葉を信じるなら代金は客に任せるのだと言うのだ。相当自信があるのかと思い、向かいの椅子に素直に座った。


「むにゃ……あなた恋してるんだねぇ」

「なっ!?」

「……まぁなんでもいいけど」

「いやなんなのよ……」


 何かをした様子もないのに今の自分の心境をあてられてドキリとするフェア。しかし女は興味なさげにやっと上体をおこし、口の前に手を持ってきて大きなあくびをした。


「それでぇ? 何が知りたい?」

「え、えぇと……」

「きゅうに言われてもわかんないよね。わかる。無難に恋愛成就するかどうかとかぁ?」

「……“アイツ”の抱えてる問題が、解決するかどうか……とか」

「アイツ? あぁ、いいよ教えなくてぇ。こっちでわかるから」


 そう言って水晶を持ち上げ、水晶越しにフェアを覗き見る占い師。水晶越しに、女性の蒼い瞳がフェアの目に映った。

 フェアからすれば何の変化も無いが、占い師には、何かが見えているらしい。


「結構大変な人生送ってるねぇ。しかし、いやはや“アイツ”って“あのヒト”かぁ。私も縁があるもんだぁ」

「え? 私の知り合いの……知り合い?」

「守秘ぎむ~と、思ったけど。まぁ友達とかの簡単な関係ではないよぅ。まぁそれはそれとしてぇ……」


 占い師は数秒押し黙った。

 何かを考えているとフェアが感じ取ると、やがて重々しく口を開く。


「もしかして、きみさぁ。“自分とは違う誰かの記憶を持ってるんじゃない?”」

「どうして、それを」

「わかるよぅ。“出会って半年もないにしては、想いや記憶が多すぎる”んだもん」


 今度はフェアが押し黙る。図星を突かれてと言うよりも、どう心の整理をつけていいのかわからず、口を閉ざしてしまった。というような様子である。

 沈黙状態となりマズイと思ったのか、占い師は水晶を置き、ローブのフードを目深にかぶり直した。あくまでも願いは「アイツの問題が解決するかどうか」であり、関係の無い所をついて気分を悪くさせては食い扶持を逃してしまうことになるのだ。


「ちょっと待ってねぇ解決するかどうかだよね……」


 そう言って目元を隠したまま、なにやら小声で呟く。

 一分ほど経って、目をしぱしぱと瞬かせながらフードをわずかにあげた。


「目がいた……ん、ごほん。占い結果だけど、解決するよぅ。ここ三年くらいの間には、“全部”。一年くらいかもしれない」

「……私は何かすることって」


 それぞれ気を取り直し、フェアは自分に出来ることは無いかと尋ね、占い師はローブでわかりづらいながらも首を左右に振った。


「遠くの問題は複雑な要素が絡み過ぎて、まだ確定できないけど……“目先テロ”の問題は、君が何かをしなくても解決できると思う」

「そう……」

「出来る事がなくて悲しいとか?」

「いや……そうね。私が置いてけぼりなのはちょっとムカつくけど……」


 フェアは先ほどの迷子の場面も思い出しつつ語り、最後にニコリと笑った。


「アイツを苦しめて笑っていいのは私だけだもの」


 占い師は口元を笑みの形に歪める。返事のニュアンスからするに、占い師は引いていたりしたが……フェアは気にしなかった。


「まっすぐでよろしいんじゃ? 言ってることは、結構酷いけど」

「ふふ……自分でもどうかとは思うけどね」


 いつもの自慢げな調子を取り戻したフェアは、ふふんと機嫌が良さそうに笑う。そんな調子をチャンスと思ったのか、占い師は両手をぽんとあわせた。


「そろそろお連れさんが来ますよ。あと一分ぐらいあとに外に出れば目の前に居ます」

「……すごい細かくわかるのね。最近の占いって」

「私が特別なだけ……あ、代金はここで…………すやぁ……」

「ま、また寝た……」


 代金受け取り用の箱を机の上に置きながら、上半身が前のめりになるような恰好で寝はじめる占い師。無防備な寝姿のためこのまま外に出ても気付かれなさそうではあるが、思ったよりも自身のことをあてられたため、机の布に貼られた料金表の通りに金を払った。


「また今度占ってもらえるのかしら……?」


 自分でもわからない“自分の事”を、この占い師に聞けばわかりそうな気もして。フェアは後ろ髪を引かれつつもテントの外へと出ていった。


「……すー……がんばってぇ……ルークの娘ちゃん……」


 占い師は誰も居ないテントで独り言を漏らした。

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