現在から十六年前の魔王!

 下部から徐々に上部へと細くし、まっすぐに立っているように見せるエンタシスの施された円柱や、紅色を基調とした豪奢な絨毯。そして多数配列されたガラスが蝋燭の光を反射し美しく、そして明るく照らし出すシャンデリアによって十分な明るさのある、どこかの宮殿の大広間のような空間。その中央にて倒れる人影と、その脇で腰に手を添えて見下ろす人影がある。


「あぁ、魔王よ死んでしまうとは情けない」


 と、立っている人影が言った。大仰に身振り手振りを取り、敵愾心(てきがいしん)を煽るかのような台詞。


「あのなぁ……どこぞの自分の利益の為に民に悪政をしいて、都合が悪くなったら仲の良かった他種族を悪だと勝手に言い、一方的に戦争仕掛けて勇者などという暗殺者を送ってくる屑と似たようなセリフ吐かないでくれるか?」


 そんな立っている男の言葉をすぐ近く聞いていた人物……倒れ伏していた人影は、立っていた人物に文句を述べる。多少というレベルではなく、かなりの不快感を、その変化の少ない顔に浮かべながら。


「君にしては随分とボロクソに言うもんだねぇ、魔王。民中心の善政をしいて慕われていた君が、まさか殺されるなんて思って無かったよ。仮にも地上最強の生物がねぇ……」

「殺したのは勇者だからな……あの死神のような戦闘力を持つ化け物に、勝てうる奴がいると思うか? 我が思うに、あれは人間ではなく悪魔のたぐいだぞ。奴め我が争いを無くそうとしてるんだと熱弁しているというに、聞く耳持たず殺したのだぞ! 最悪だ! あいつは!」


 怒りや怨念の籠った大きなため息をつきながら立ち上がり、その鋭い爪の生えた右手を人影は差し出した。それに答えるように見下ろしていたもう一人の人物も、右手を差し出して握手を交わす。


「久しぶりよのぉ“閻魔”。できればまだ会いたくは無かったが……」

「そうだね。“魔王”アラン・ドゥ・ナイトメア。会うのは、百五十三年ぶりかな? やっぱりまた生き返るつもりかい?」


 閻魔と呼ばれた男は、手元にある巻物を開きながら昔を思い出すようにして語る。


「あたり前だ。現世にいる我が“愛しの”魔族たちを残して死んでいられるか!」

「安定の魔族溺愛症だねぇアラン」


◆◇◆◇


 彼ら二人が居たのは三枝天秤の城という、死んだ者が生前の行為に応じて地獄へ行くか天国へ行くかを決められる場……いわゆる裁判所であった。その城の一応の主である閻魔と、魔王と呼ばれた者。アランの二人は城中の一室、イグサを用いた畳が敷かれている和室と呼ばれる様式の部屋にいた。

 食卓を挟んで向かい合うように座る巨体の二人は、通常よりも二回りほどは大きいその身の丈に合った湯呑みで茶を飲みながら話をしていた。


「ところで生き返ることについてだが……」

「条件の事だろ?」

「あぁ、そうだ」


 まるで親友のように、阿吽の呼吸で会話をする二人。


「まぁ復活だからねぇ。自分以外の手助けが必要だ、それも人間のね。魔族は主に魂を世に繋ぎとめる《負の力》を使って生命活動などをしているだろ? だが死んだ魔族には魂を現世に送る力のある《正の力》が、死んださいに失われて不足してしまう。《負の力》だけならばこっちに来た魂が作れるけど、《正の力》は一度生を受けた時に決められるし人間しか生産出来ないからね。」


 紅蓮に燃えるような色の髪を揺らしながら彼は緑茶を啜り、ホッと一息つくと説明をまとめた。


「つまり、正の力を持つ人間の協力が必要なんだよ。逆もまたしかりだがね」

「うむ。それならば、ここから現世に啓示を送って我が〝最高の〟部下に……」

「いや、暴力とかで無理やりやらせたりじゃダメなんだ。恐怖や不安を感じた人間からじゃあ正の力を使わせてもらうことは出来ないからね。だから自ら進んで君を復活させようという人じゃないとダメなんだよ。一回目もそうだったろう、忘れたのかい? しかも、君は負の力が異常なくらい多いから必然的に人間の方も正の力が多くないといけないんだ。……彼女の魂が消えていなければよかったのに」


 閻魔の小さな独白をアランの聴覚の良い耳が捉える。するとアランは絶対零度まで冷え切ったような声音で。普通であれば友人に使ったりしないような声色で、閻魔に言った。


「そのことをしゃべるな。たとえ貴様でも許さんぞ」


 二人称が変わるほどの怒気を孕んだ言葉を聞いた閻魔は「すまない。思慮浅い発言だった」と言って素直に頭を下げた。

 しばしの気まずい空気が流れた後、アランは先ほどの怒りに関する事柄を無かったものとして扱うように、眉を顰めて方向性の違う話をした


「…………それは復活不可能ではないか?」

「まぁね。僕も未だに何度も復活した奴は見たことが無い。大抵は天界で待機しながら暮らすことに疲れて、輪廻転生することを選ぶものが多い。だから、復活できたら凄い強運の持ち主だって事さ。君は友として、特別に人間領に復活の台座を移しといてあげよう。人間領のどこに建てられるかは運次第だがね。普通なら自分が死んだ所にできるものだよ?」

「あぁ感謝する! やはり、持つべきものは友だな!」


 と、先ほどまでのさも複雑そうな表情から一変して、喜んだ表情へと変えるアラン。

 そんな友人を横目に見ながら閻魔が「まあ、それはいいのだけれど言いたいことは」まで言った時、ドアがガラッと開いて赤い二本角の鬼が客間に入ってきた。赤い鬼は走って来たのか、軽く肩を揺らしながら上司へと報告をする。


「閻魔様! 審判待ちの者達で溢れかえり、まだか! と抗議するものが後を絶ちません! 至急、審判を再開してください!」

「え~い、うるさい! 黙らせておけ! それがお前らの役目だろう!」


 閻魔は赤い鬼を大喝すると、ため息をついた。怒られた赤い鬼は了解しましたと震えながら答えて和室から出ていく。アランは満面の笑みでニヤつきながら、「大変だな。閻魔」と笑う。閻魔はそれをシカトし、神妙な面持ちでアランを睨む。


「言いたいことは、僕からの条件だ。望みの薄い中、君を復活させてくれたのだから君はその人間の三つの願いを叶えろ。これは天国、地獄と現世の調整者としての命令だ。叶えないのなら、また死んでもらうぞ。聞いていたかい?」


 閻魔はドスのきいた低い声音で忠告をする。アランはしっかりと首を縦に振ると、友人の言葉に飽きれるような物言いで言葉を返す。


「何も、我はそんな恩知らずな生物じゃないさ。まぁ、生き返れるまで気長に待とうではないか」


(下衆ならば、三つの願いを叶えた後に殺してしまえば良い)


 言葉を返したアランがお茶を飲むと、先ほどまで会話をしていて気が付かなかったが、遠くからの何かの不快な音が聞こえてきた。耳をすまして良く聞けば、それは怒号や罵声である。


「閻魔死ね!」「閻魔早くしろや!」「ちくわ大明神」「不細工―! 不細工―!」「誰だ今の」


 などと叫ぶ命知らずな者の叫び声であった。とはいえ皆死んでいるわけだが。

 アランが自身と同じく耳の良い閻魔を見るとチラと見た。その眉間には深々としわがより、その口元は凶悪な程に吊り上っていた。地獄の鬼と呼ばれる自尊心の強い種族、その統領である閻魔も自尊心が強い傾向にあった。だが友人と話をしている為、そして仕事をサボりたいが為にその怒りをこらえようとしていた。

 そんな閻魔の心中を察したアランは、呆れたように溜息をついたあと客間の外へと顔を向けた。


「話は終わったのか? だったら我の事は気にせず、審判に行って来い。夜になったら久しぶりに飲もうぞ」


 サボりたいとは言っても、サボりの口実としてもてなしている人物に促されてはどうしようもない。


「うん……そうだね。もう復活の事について特に話は無いし、仕事してくるよ……」


 そう言って閻魔は意気消沈したようにゆっくりと客間を出ていった。

 ドン! という閻魔が地面を蹴る凄まじい音が鳴り響いた十数秒後、アランの耳に次々と審判を待っている者たちの名を読みあげた後、


「地獄行きだ!!」


 と叫ぶ閻魔の声が聞こえてきた。同時に聞こえて来た悲鳴を耳で捉えながら、アランはボーっと湯のみに茶を入れる。


(聞こえた後悔の声から察するに、先ほど閻魔に罵声を吐いた輩か……だが、三界の調整者が私怨でそういった事を決めて良いのかよ)


 と、アランは心の中でつっこむのであった。

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