正真正銘なんて言葉は彼女たちにとってただの戯言

今日で、店長の朝の朝礼も最後になる。


「今日は実習最終日だね!当然、今日はコンペだけど、近所の人たちも呼んでるからしっかり頑張ってね」


響は、そんなコンペに参加する2人を横目で見た。


「気持ち焦げ目・・・分量適正・・・」

「砂糖と塩は袋を確認。砂糖と塩は袋を確認」

(俺(私)はまともな物を食べれるのだろうか・・・)


響を含めたこの場の人間は心からそう思ってしまった。


「もしかしたら勝った方の作品は販売するかもしれないからね。でも負けた方は罰ゲームも考えているから」


さすがの2人も半ば罰ゲームは覚悟しているようだ。


「内容は勝敗がついてから。ともくんは2人と最終確認。響くんと私はいつも通り開店の準備しようか」

「分かりました」

「それじゃあ、お客さんの誘導とかも頼んだぞ」


そう言い残し、友樹さんは2人とともに厨房に行ってしまった。


「どう?2人の作品楽しみ?」


変にニヤニヤした表情で店長は言った。


「それはもちろんですよ。甘いものが食べれるんですからね」

「そういうことじゃないんだけどな・・・」


諦めたように店長は看板を「OPEN」にひっくり返した。


「もちろんコンペの2人も大変だけど、それ以上に人が沢山来るから接客も大変だからね」

「教えてもらったことを活かせるように頑張ります」

「ならばよし」


開店してから数分後、早速1人目のお客さんが店に入ってきた。


「コンペって今日でよかったでしたっけ?」


入ってきた年配の女性は少し自信がなさそうに聞いてきた。

「そうですよ。こちらの方にお掛けになってお待ちください」

「ありがとう、楽しみにしてますね」


1人目が入ってきたことに釣られるようにして、老夫婦や昨日の女性たちも入店してきた。


「思ったよりも来るんですね・・・」

「毎年の恒例イベントだからね。タダ飯食べれれば誰でも来るって話しよ。所詮はみんな金の亡者よ」

「よくそれで今まで近所とトラブル起きませんでしたね」

「揉み消すか屠ればいいだけだからね」


物騒な言葉を軽く横に流していると、厨房の方から二色と神崎が出てきた。


「どうしたんだ?」

「準備も終わったから、少しお客さんの様子を見に来たの」

「見て分かるが、かなり入ってるぞ」

「緊張してきますね・・・」

「大丈夫だ。2人とも頑張ってたんだ。もっと自分に自信持っていいと思うんだけどな」

「ありがと、絶対に美味しいって言わせるからね」

「最前は尽くさせてもらいます・・・」


そう言って楽しく談笑している2人だが、フロアに来たのは真の理由がある。


(お客さんの傾向と好みを知る)


2日間、ほとんど能力を使わなかったが、能力はうまく作動する。

先に声を掛けに行ったのは神崎だった。


「こんにちは、今日は来てくださってありがとうございます」

「あなたがお菓子作ってくれるのよね?私も旦那も甘いもの好きだから楽しみにしてるわね」

「頑張りますね。お二人はよくこのお店に?」

「最近になって足を運ぶようになったので、コンペは初めてです。ここのチーズケーキが美味しくてねぇ」

「嫁がこんなだから私まで甘いものにハマってしまったよ」

「いくつになっても、美味しいものを美味しいって言えるって大事だと思いますよ」

それからしばらく話した後、みのりはその場を後にした。

(会話の内容にはあまり干渉出来ない能力だけど、「話を弾ませる」くらいなら使えるんだよね)


こうして「夫婦共に甘いものがかなり好き」「でも甘すぎるのは好みではない」を聞き出すことが出来た。


(砂糖の量を二つに分けてて正解だったかな)


クッキーを作るにあたって、甘い方が好きなのか、少し甘さを控えた方が好きなのかを聞く方法はあったが、それでは「表面上」、全員に好まれるお菓子ではない。


(少しでも篠田くんにいいところ見せなきゃ)


時間をかけて話し込んでいる神崎とは逆に、二色は少し話す程度だった。


「こんにちは、甘いものお好きなんですか?」

「もちろん、ここに居るくらいだからね。家でも結構作ったりするのよ」

「そうなんですね。今日はよろしくお願いします」

「こちらこそ楽しみにさせてもらうわね」


当然、「言の葉遊び」を使った彼女にはいくつかワードが浮かび上がっている。


(「居る」と「家」ですか。だったらもう少しだけデザインに力入れようかな)


推測ではあったが、このお店を訪れているのは家では作れないようなお菓子を求めているからなのだろう。

そうなれば、自分で作る分には少しめんどくさいようなことをするのが最前の手だろう。


(もっとお菓子作りしとけばデザイン以外の方法も取れたんだけどな・・・)

「それではそろそろコンペを始めようかな。まずは簡単なルールから、1人1票で気に入った方に入れる。結果とうちのともくんの細かい技術審査で勝者を決めるね」


追加で友樹が補足した。


「細かい技術審査と言っても、基本は票の多い方が勝ちだ。俺たちはお客さんが美味しいと思ったものを出すのが仕事だからな」

「お互いに朝から作り始めているから、あとはデザインとかだけだね。当然だけど完成が速かった方が評価は高いからね」


そう言うと、店長は「よーいどん」と言い、それと共に2人は厨房へと戻っていった。

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