第37話 現実と非現実

 叔母と師匠に存外冷たい様子を見せた陸斗だったが、司に向き直った目は楽しげだった。

「今の話、クリパレにはあんまり関係なさそうですよね?」

「うーん、そんな感じではあるけど」

「いろいろ聞いてて思ったんです。山田さんを婆ちゃんに合わせるために、クリパレがあったんじゃないかなって」

「絹子さんに会うことが、私の目的?」

 司は目を丸くした。

「会ったけど。会って、これから何をするの?」

「さあ? 二人で、新しいゲームレーベルを立ち上げるとか」

「おいおい、リク。新しいゲームソフトくらいで止めとけよ」

「いやいやいや、有村さん。山田ちゃんにゲームを作らせるつもりですか」

「山田さんはそんなことを求めて来ていないわよ」


「はっ、自分で種撒いちまった」

 陸斗はちろりと舌を出した。

 その表情を見た司が、ショックを受けたように呆然としているのを見て、彼は一転かわいらしく笑った。

「山田さん。これまで、ゲームなんてやったことなかったでしょう?」

「わかるの?」

「わかる。クリパレの他に知ってるゲーム言ってみて」

「え? <吹雪龍ファブニル>でしょう」

「ナオに聞いたやつな」

「<あかるあやかし>、それから」


「おおう? <あかるあやかし>を知ってるのか?」

 いきなり有村が食いついてきた。

「知っているというか、本当に名前くらいで」

「あれも、おばちゃんの夢が原案だぞ」

「「「えっ?」」」

 陸斗を除く面々の声がそろった。

 有村は、なぜか自慢げに胸を張った。


「あかるあやかしって何?」

「乙女ゲーです。あ、いや、恋愛シミュレーションゲームです」

 由美子と緑川を面白そうに見て、有村はいやいやと否定した。

「スマホ版は、確かにそうだが、元は違うぞ。本格和風RPGって扱いだ。ついでに言うと、スマホ版の方は、俺はノータッチだ」

「どんな内容?」

「ゲームをやりもしない人間に、内容を語って聞かせるのも鼻白むもんだがなあ」

 またもや一触即発の雰囲気が流れたが、有村は案外さっと引いた。

「元ネタ、おばちゃんの夢の方を教えてやろうじゃないか。いつからか、どこかしら俺の創作が混じってるってことは、理解してくれよ」

「わかったから、早く」

「ふん。大河ドラマみたいな昔の世界に、立派な御殿があった。大河ドラマってとこを、やたら強調してたな」

「毎年かかさず観てるもの。今でもそうでしょう」

 それについては、陸斗も肯定した。

「なるほど。話を聞いてみれば、平安時代っぽいかなってことで、ゲームはそういう雰囲気にしたんだが。夢の中のおばちゃんは、女主人の言いつけで、その御殿に向かうところだ。女主人っていうのは、疱瘡のあばたが顔中にあるっていうんで、マントみたいに頭から着物をかぶって、顔を隠しているんだそうだ。でも、夜に暗い灯りの下で見れば、顔立ちはきれいな人だ。さて、御殿の主はなかなか会ってくれないんだが、ようやく会ってもらって巻紙の手紙を読みあげる。お宅の姫君が、我が家にいたずらを仕掛けて困る。そのせいで社が倒れてしまい、とても直すことができない。このままでは、お勤めを果たすことができない。早々になんとかしてくれというような手紙だった。主が、そんなことあるはずないと言い張るんで、一度は引き上げたおばちゃんがカラスに変身して、御殿に突っ込もうとしてたんだーと、こんな話だ」

「カラスですって?」

 由美子は眉をひそめたが、その表情を和らげてから司を見た。

「それって、金色の目のカラスになったんですね?」

 司は自分の腕を握りしめながら、有村に訊ねた。

「知ってるじゃないか。その通りだ。この話をちょっとふくらませて、企画会議で振ってみた。そこからは俺の手を離れてる」

「それが、恋愛ゲームに発展するのはよくわからないけど。夢の中のお母さんは、男になっているのかしら」

 由美子は首をひねりながらつぶやいた。

「そんな感じだろ? 俺も訊いたんだが、あたいはあたいじゃっどって言われたと思う」


「…あのう」

「はい、山田さん」

 また、先生と生徒モードだ。

「絹子さんの夢というのは、先生のように現実とつながったものではないんですか? 先ほどからうかがっていると、木から生まれる赤ん坊とか、空を覆う織物とか、今の御殿の話とか、現実とは関わりなさそうですけど。有村さんのゲームの話が、特別だったんでしょうか」

「ああ、それ」

 由美子は大きくうなずいた。

「私が聞いたものも、非現実的なお話っぽかったわ。今でも覚えているのはねえ、十センチくらいの小さな武士たちが、ご近所の塀にどんどん登っているっていう話。鎧兜ががしゃがしゃ鳴ってる音まで聞いたんですって。コンクリート塀にどうやって手足を掛けているものかって笑っていたわねえ。で、その話を忘れかけてたころ、舞台になったお家の塀が崩れたのよ」

「へえー。崩れるような予感がしたってことですかね?」

 司よりも緑川が先に言った。

「お母様は、実際の塀の話を知って、何と?」

「業者が手抜き工事をしたとかなんとか、そういう話ばっかりしてたわねえ。お兄ちゃんが言うようなノートを書いていたのなら、夢のことを忘れてはいないはずだけど」

「確かに、その話なら書いてあったぞ。もちろん、現実の塀が壊れた話は抜きだ。でも、どこの家とは書いてなかったから、現実とリンクしてたのは初耳だ」

 有村は、かなり驚いているらしい。空になったグラスを口に運んで、一人で怒った。

「それで、さっきの話だけど。古い話? 新しい話?」

「あ? ここ五年前後だったと思うがな」

「だったら、松元さんの家のお稲荷さんの関係じゃないかしら」

「松元さん? 俺んちのちょっと上のか?」

「そう。あのね、空き家になったけど、長いこと売れなかった家があるのよ。大きなお家」

 由美子は有村以外に説明した。

「そのお家のお庭に、お稲荷さんがあったの。庭も広くて、もう草ぼうぼうだったそうなんだけど、そこに埋もれるようにして倒れていたんですって。それで、買おうかと見に来た人も止めて帰ってしまったっていう話、兄から聞いたわ」

「その話は、俺は知らんな」

「そう。庭の草むらは、近所の猫のたまり場になってたっていうから、姫君っていうのは、猫のことかもしれない。あくまでも想像だけど」


「じゃあじゃあ、他の夢も、突き詰めれば現実につながっている、ってことですかね?」

 緑川の目がきらきらしている。

「ぽんぽん生まれた赤ん坊たちは、ご近所とかご親戚の、おめでたの前触れだったのかもしれませんね」

「そうかもしれないし、そうでないかもしれない。どっちみち、母本人は認めないことでしょうよ」

「検証はできないってことですね。残念です」


「でも絹子さんは、実は、現実との結びつきを感じていらっしゃるんでしょうね」


 司は、おしぼりをもてあそびながら、独り言のように口にした。

「どうしてそう思う?」

 有村が興味をあらわにして言う。

「先生の、私たちに見えないものを見るという現実を、夢だと決めつけようとしたからです。絹子さんの場合は、見るというよりご神託、ご託宣みたいなことが起こっているんでしょうけど、子どものころに、やはり嫌な経験をされたのかもしれません。それで、一切を夢で片付けようとした。自己防御のために。そして、娘である先生にも、守る力を与えようとしたのでは」


「守ろうとしたっていうの? 私のことを? 突き放したんではなくて?」


 そんなことは認めないという顔つきの由美子の腕を、案外優しく有村がつかんだ。

「さあ、由美ちゃん。今夜は家に戻ろうかい。もうお開きだ。ここの全員で戻ろう」

「えっ、我々もですか? 駅のロッカーに荷物を置いてきてるんですが」

 緑川がすっとんきょうな声を上げると、有村は彼に軽くげんこつを与えた。

「タクシーを駅に回してやる。取って来い。由美ちゃんとお嬢さんは、鞄を持ってるな? よしよし」


「みんなで、家に?」

 放心したような由美子の腕を、陸斗も支えた。

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