第22話 CERO「B」


「あれ、あれ? なんだっけ?」


 しばらく考え込んでいた司が、ぶつぶつ言いだした。


「どうした?」

「なんだか今、他に考えるべきことがあった気がしたんです。なんだろう。ここまで出かかってるんですが」

 喉から胸をさすっていた司は、また「あれ?」と首を傾げた。


「そうそう。それと、白いリボンのことなんですけど」

「あん?」

「クリパレの話です。錠前に巻き付いていた白い布」

「ああ、うん。それがどうかした?」

「あの場面では、あそこだけ、時間がものすごく早く流れたじゃないですか。花が咲いて、蔓が枯れて。どうして、あの布は朽ちなかったんですかね?」

「ああ、あれ。呪いっていうか、魔力が封じ込められてるからだろ」

 緑川が事も無げに言うので、司はまた首を傾げた。


「あれさあ、ノーチェが賢者のマントを巻きつけるのに使っただろ?」

「はい」

「俺、前にいろいろやってみたから、ああやって着れたんだけど」

「はい?」

「いや、装備品って、服や防具の上と下、帽子とか兜とかの被るやつ、アクセサリー、それと盾だけなんだ。あ、ポーチもあるけど、あれはちょっと特別な。で、賢者のマントは、本来、上着扱いなわけ。フードが付いてるけど、被り物じゃない。で、上着の一覧から選んで身に着けるんだけど、成長したノーチェは着れないんだ」

「え? でも、着てたじゃないで、あ、着てはないってことですか? 腰に巻いただけだから」

「えーっと、持ってるんだからと思って選択したら、<子ども用なので着られない…>って表示されたんだ。だけど、何度かいろいろやってたら、突然、あの腰に巻くスタイルになってさ。それって、あの布を拾ってからなんだ」

「ああ、そうだったんですか。縛るものが手に入ったからなんですね」

「うん。で、拾ったときには<白い布>だったんだけど、ポーチに入ってから見たら<呪いの白絹>になってたんだ。呪われてるアイテムは、鑑定のスキルを持ってない限り、ポーチに入らないと解らないから」

「なるほど」

「で、説明文には<魔王が王妃の首を締めた布>って書いてた」

「えっ? そんなアイテム装備して、まずいことは起こらないんですか?」

「何もじゃないけど、今のところ、大したことじゃないんだな。だから、装備したこと自体は、間違ってない。たぶん。これで、白い布の件は納得した?」

「普通の布じゃなかったから、朽ちなかったということですね。はい」

「…絹って言えば、絹のローブって装備があったな。他のゲームだけど」

「弱そうですね」

「うん、まあ序盤の装備だ。さてと、納得したところで、続きやろうか」


 緑川は皿やカップを盆の上に戻し始めた。

「えっ、さっきのだったら無理です」

 司も空になった食器を盆に乗せはしたが、ぎゅぎゅっと首を横に振った。

「なんでだよ」

「殴り方がわかりません」

 その瞬間、緑川がぷっと吹き出した。

「山田ちゃんが言うと、それ、やばい感じに聞こえるわ」

「えー、ゲームの話ですよ」

「いや、そうだけど、シュールだぞ」

「そりゃあ、緑川さんだったら、」

 言いかけた司は、ぱっと口を閉じた。

「うん。俺だったら、いかにも素手で殴りそうだって話だろ」

「言ってませんよ」

「だから、心の声がだだ漏れだってーの。あれだな、酒飲んでなくてもそうなんだな」

 緑川はにやにやと笑ったが、何かにひっかかったように、あれっと首をひねった。

「どうかしたんですか」

「うーん? いや、なんかあった気がして」

「それって、私の表情が乏しいって、先生に話したことでは?」

「ん? それだったら話はしたけど、完全に否定しておいたぞ」

「はい、聞いています。すみません」

「だから、いちいち謝らない。それに今日の山田ちゃんは、いつにも増して表情豊かだし。やっぱ、プライベートだと違うのな」

 その言葉に反応して、司は肩をすぼめた。

「まあ、いいや。ともかくやろうぜ」

「ちょっとの間、やってくださいよ。ゲームデータの保存って、あの後じゃないとできないでしょう」

「あ、それは知ってるんだ。じゃあ、ちゃちゃっと片付けますか」


 緑川はゲームを再開し、それこそあっという間にその場の敵を片付けた。

「これでようやく、村に戻れるようになったわけだ」

「そうですか。それで、装備を整えなおしたりするんですね。アマレーナの分、無くなっちゃいましたもんね」

「そういうことだけど、それがまた、悲惨なパターンもあってな」

 緑川は、意味ありげな目つきになった。

「悲惨って?」

「真っ裸でも、それこそ杖なり剣なり武器があるから、戦闘には勝利できたとするだろ。そもそも、鎧系の装備とかだったら、大人に変身する時点で壊れてるんだ。まあ、最低限の服を手に入れる手段は、実はあるんだけどな。ともかく裸のままで、やれやれって村に帰ると、これがなあ。村人に話しかけても、きゃー、ぎゃーとしか返ってこないし、店に入ろうとしても叩き出される。つまり、ゲームの中では完全に変態扱いってことだ」

「ついさっきまで、かわいかったノーチェが」

 司は、痛々しげにつぶやいた。

「な。で、ノーチェでプレイしてた奴は、アマレーナが露出狂ってことで」

「…これって、そういうゲームでしたっけ?」

「ははっ、なんでか、胸のとことパンツだけ、ぼろぼろになりながら着用してるんだけどな。どんだけ丈夫な下着なんだって話」

 愉快そうに笑う緑川から顔を背けて、司はこっそりため息をついた。


「いやあ、現実の十七歳は、十歳の下着を着られるもんなのかね?」

「…体型によるんじゃないですか」

 司の声は少々冷たい。

「あれっ、山田ちゃん、何か誤解してないかい? これは健全なゲームだからな。CERO『B』だし」 

「はい? セロビーって何ですか?」

「ほら、これ」

 緑川は、ゲームのパッケージを手に取って示した。

 <CERO『B』12歳以上対象>というマークがある。

「なるほど。業界には規制があるんでしたね」

「だから、ノーチェの股間だって、ぼかしてごまかしてんだろ。だいたい、七歳が十七歳になったんなら、まず最初に気にしてしかるべきとこが、あっ、失礼」

 司と目が合った緑川は、慌てて逸らした。肌が白いので、赤くなるとやたら目立つ。


「そういえばさっきから、十七歳、十七歳って言ってますけど」

 知らんふりをした司は、そこを問うた。

「ああ、言ってなかったっけ。プレイヤーがどっちを選択してても、消えた方の年齢が足されるんだ。ついでに、この世界では、十六歳で成人っていう設定なんだ。他のシーンで説明されてる」

「子どもが、いきなり大人になってしまったんですね」



 その後、司は緑川の指示に従って、ゲームを続けてみた。

 慣れない操作でぐったりしたにもかかわらず、ゲーム内容以上の何かに気付けたわけでもなかった。


「ゲームって、肩が凝りますね」


 首や肩を動かしながら、司はふーっと息をついた。

「山田ちゃんは、力を入れすぎだって。余計に疲れるだろうよ」

「うーん、そうですか。難しいです。どっちみち、今日は限界です」


 ゲームそのものは、たいして進んでいるわけでもなかった。

 現実の時間は、ティータイムもはさんだものの、二時間以上たっている。

「私、そろそろ失礼します」

「まあ、目も肩も疲れただろうから、切り上げるか。で、どう? 何か気づいたことはないのか?」

「何もないです。これ、今日、緑川さんと実際にゲームをしてみたっていうことですけど、先生に報告されるんですか?」


「あっ!」


 突然叫んだ緑川に、さすがの司も驚きの表情を浮かべた。


「何かあるあるって思ってたんだ。先生に言われたことだ。ゲームの中に、知っている音はないかって」

「音、ですか?」

「そもそも今日、うちに来ることになったのって、先生から連絡があったからだよな。先生にはゲームのことがわからないから、俺から訊いてくれっていう」

「ああ、そう、それです。先生が何を知りたかったのか、聞いていません」

 二人は、深い眠りから覚めたような顔を見合わせた。

「なんで、言い忘れてたんだろ?」

「私も、ちゃんと聞き返しませんでしたから」

「俺はともかく、山田ちゃんまでってのは、信じられないけどなあ」

「いいえ、私はうっかりものですから」

 司はがっくりと肩を落とした。

「でも、今日のところはもう無理です。シルクロードさんの動画とか見て、音に気を付けてみます」

「悪い。そうしてくれ。別に急ぐことじゃないと思うけど」


 まだどこか呆然とした部分を残して、司は緑川の家を辞去した。

 夕食も食べてゆけばいいのにと残念がる母親に、おしゃれにラッピングしたクッキーをたっぷり持たされて。

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