第22話 ラッセン
メタ王国の南に広がる荒野に、緑に覆われていた時代があったことを知る者は少ない。
温暖湿潤な気候で穀物が多く採れたらしいことは、昨今の古代地質学などの研究で明らかにされつつある。
むしろ、古代において貧しい土地であったのはアーサーたちの住んでいる大陸北部であったという。空気は乾燥し、雨は降らず、草一つ生えない岩石ばかりの地が見渡す限り広がっていたらしい。
北部と南部の気候を分けた要因は何だったのか、現代その二つの地域の運命が逆転したのは何故か、研究者の中でも議論が分かれ、結論が出ていない。
そんな、北部と南部のちょうど境目に存在した、メタ王国。そのメタ王国を構成する民族は、現在存在するどの民族にもない魔力特性を持つという。
そのせいで彼らは、徐々に南へと追いやられた。野蛮な血を持つ民族と忌み嫌われて……。魔物の跋扈する荒れ野に近い場所で、彼らはひとりの男を王と担ぎあげ、周辺諸国へと地位向上を要求した反乱を起こした。まだメタが国家ではなかった時代のことである。
「そのような話は初めて聞いたが……」
「テト殿下が知らぬのも無理はありません。殿下の三代前、三十五代アイザック王の代に、王宮に伝えられてきた知識は失われました」
王国を襲った森林火災に巻き込まれ摂政が死亡。その後次々と、「語り」と呼ばれる歴史の伝承者が流行病に罹り死亡。建国の真実を知る者が王宮内に一人も居なくなってしまった。
メタ王国の第一王子であったテトが、悲痛な声で男に尋ねる。
「なぜ、大切な歴史が口伝なのだ? 答えてくれ。私は歴史書で、お前の言ったことなど習っていない」
「私の言葉を信じませんか……それでいい。しかし、貴方とて気づいているはずです。大陸北部の人間が、我々メタ族のことを快く思っていないことに」
テトは男の背から彼の首筋に剣をあてている。だから、男の顔を見たわけではない。だが、彼に真っ直ぐな目で見られているような気がした。この言葉に嘘はないと信じさせる何かが、男の背にはあった。
それに、テトは……この国の少年王から酷い扱いを受けたことがある。
男の言っていることが本当なのなら、テト王国は、諸外国や王国内の諜報員を恐れ、自国の歴史の真実を書物に残せなかった、ということになる。俄には信じ難いが、信じないといけないのかもしれない。
「ところで、テト殿下。大陸北部と南部——今で言う魔境と人類領域は、気候が大きく異なったと言いました。しかし今、魔境との境界に、雲を遮る山脈も、大河もありません。かつては——あったのです。一年中雪を冠する山、ラッセン山という名峰が」
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