第20話 自我

 勇者には、洞穴に入ったときから——いや、正確には入る前、その洞穴で夜を越そうと決めたときから、うっすらと感じていた違和感があった。


 怪談というものは、不確かであることで恐怖を増幅させる狙いから、あえて詳細を語らないことがある。特定の時刻や特定の動作といった、トリガーとなる何かについては詳しく指定があるが、そこからの話がふわふわと頼りないことが多い。それが返って、多くの人間の憶測を呼び、その怪談が長く生き続けることに繋がる。


 『《日付を丁度跨ぐ頃》に《巨大な白い棒が揺れるのを見る》』にしろ、『《洞穴から十三歩歩いたとき》に《女の髪が降ってくる》』にしろ、時刻や動作の指定に比べて起こりうる事象の解像度が低い。物語として連続性がない。だからこそ、怖い。


 ※ちなみに、ではあるが。勇者はゾンビならゾンビを、怪談なら怪談を、冒険譚なら冒険譚を、神話なら神話を一年近く摂取し続ける、《ひとつの分野に熱をあげて味わい尽くしてから他の分野に移る》タイプのエンタメオタクであった。だからこういうことに詳しいのである。彼はマーリンに、だてにキモオタと言われ続けていない。


 それに比べて、《十三歩歩け》ば《髪が落ちてくる》が、それは《その場所で長く過ごした男の髪である》というのは、妙に具体性のある物語なのだ。怪談は、誰もが納得できる理屈があれば恐怖が薄れ、語り継がれる可能性は低くなる。不条理で意味不明であるほどいい。それが、この場合はどこか、怪談としての完成度を損なうような……


「んびょえええええええええッッッッッッ!!」


【速報】勇者アーサー、腰を抜かして尻餅をついた挙句、逃げようと咄嗟に体を捻り無理に立ちあがろうとしたため、ぎっくり腰を発症。


 歴代稀に見る、アホすぎる勇者の負傷理由である。


 そして、そのアホすぎる勇者を、相棒であるマーリンが見なかったことは、アーサーにとっては幸いなことだった。そのとき、メトリスのビビりをイジる笑い声で、アーサーの悲鳴はかき消されたのである。


「ケガ……痛イ…………ネ?」


「誰が毛がないじゃ! じゃなくて、いま喋っ……ちょえええええええええッッッッッッ!!」


 勇者が腰を抜かした原因は、つのが三本生え、右目と右耳の位置が入れ替わっており、両足が互いに巻きついて尾のようになった異形の存在——すなわち、魔物である。その魔物が、意味をなす言葉を発したことが、勇者の推測を確たるものにした。


 その魔物の体表にはほとんど毛はなく、ただ頭部の体毛だけが、体長の三倍にも伸びている。


 伝えられている洞穴の怪談のうち、最後のひとつ、髪が伸びるほどの長い間住み着いた男の話は真実であった。アーサーはそう感じた。

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