聖女な一日3



今、目の前には俺の何倍もの図体したジャイアントボアがいる。

馬鹿でかい口からこれまた大きい二本の牙が隆起している。どうも笑ってるな。

口角が随分と上がっている。

まあふた回り以上の体長差がある人間の子供に負ける訳が無いってか。

いいねいいね、存分に侮っておくれ。


「よっ、猪さん。先手は譲ってやるよ。」


俺もまた馬鹿にするように来い来いと手招きをする。

癇に障ってくれたのか、周りの木々が振動するほどの咆哮をあげる。

恐怖なのかそれとも別の何かか不明だけれど、俺は体を僅かに震わす。


自然と笑みも浮かべてしまっている。


「ほら、おいで。」


声をかけてあげると、堰を切ったように牙を突き上げ突進をしてくる。


俺は避ける気がない。

村人達を苦しませた存在がどれほどのものか確かめてみよう。


「アリス様!?」


俺が避ける気が無いのを悟ったのか、ノートンが怒鳴るように声を上げる。

全くノートンは心配性なんだから‥。



そして、互いの距離がゼロになる。けたたましい音と共に軽く地面が揺れる。


普通ならあの突進をくらったらひとたまりもない。

でも、俺は他の人とは鍛え方が違う。


地面はひび割れて無事ではないけど、俺は無傷だ。

無駄に太い二本の牙を両手で掴み、突進の勢いを殺した。

ちょっとがっかり。手が少し痺れただけだ。


ジャイアントボアもまさか受け止められるとは思っていなかったのか、困惑といった表情を浮かべる。

後ろの誰かから漢女だ‥とボソッと聴こえた。逃さないよう片手で牙を掴んだまま、ジロリと背後を睨む。

みんな口笛を吹いて他所を向く。

後で覚えていろよ‥。



とりあえず目の前の猪から。

思っていたほどの手応えがないので、魔物からただの猪へと降格だ。


さっさと終わらせよう。


今もなお距離を取ろうと必死に暴れる猪。そんなに暴れたって逃す訳ないじゃん。

散々今まで暴れまくったんだ覚悟しなさい。

強く右手を握りしめる。

そして、正面の猪の眉間に目掛けて正拳をかます。

猪からとても重く鈍い音が響く。


どう?

俺の一発は、内部の隅々まで伝わる爺ちゃん直伝の一撃だぜ。


もう猪もといジャイアントボアから何の返事もない。

左手で掴んでいた牙を離すと、まるで糸の切れた操り人形のように崩れ落ちた。


「ふう、終わったよ。」


「アリス様、お疲れ様です。これで汗をお拭きください。」


「お、ありがとう!」


「しかし、アリス様。いくら魔法で身体強化を施していても避けもせず受け止めるなんて無茶をし過ぎです。」


「ん?今回は身体強化してないよ。するまでもないと思って‥。実際、少し手が痺れただけだしな。」


「な、な、な‥はぁ。」


何かを諦めたように肩を落とすノートン。なんで周りも同情するように励ましてんだよ。


「はあ‥では、村に戻りますよ。このジャイアントボアどうします?」


「そうだなー、村人達けっこう痩せ細っている人多かったからあげようぜ。こいつだけで何日かもつだろ。ついでに村に訪れるまでに仕留めた魔物の肉も渡そう。」


「そうですね、アイテム袋に沢山入ってますからね。アリス様が魔物を見つける度に特攻して頂いたお陰で。」


もう仄かに嫌みを言うんだから。


「もーいいんじゃん。俺が亡くなった人達の分も村の人達にしてあげられることってこれくらいしか無いんだからさ」


「そんなことは無いと思いますが‥」


「いいからいいから、さっさと片付けて村に帰ろう。」


「はっ!ですが、村に着くまでに言葉遣い直しておいてくださいね。」


「はーい」


騎士達の用意したアイテム袋に猪を仕舞い、村に戻る。


「おおー聖女様方が戻られたぞー!」


私達にお気づきになられた村の人が歓声を上げる。

次第に人が集まってくる。


「よくぞご無事で‥。なによりでございます。」


村長さんが私達の無事を喜んでいる。

他の村人達も安堵の表情で出迎えてくれる。

ふふ、こんなに心配して下さるなんて何だか嬉しいです。


「村長さん、村の方々、ご心配させて申し訳ございませんでした。ですが、もうこの村に訪れていた災厄はここにいる騎士様方が切り払ってくださいました。」


「おおー、なんと‥」


村人達は感極まったように涙を流し、騎士様方に何度も感謝の言葉を告げる。

騎士様達は苦笑いですけれど。



この日は、私達が持ってきた魔物の肉と村で採れた野菜を使って宴が行われた。

これで少しでも村人達に未だに残る悲哀が晴れるよう祈りましょう。



まだ世界にはこの村のように多くの悲しみが蔓延っている。

私はこの聖女の力と拳で少しでも治していきましょう。



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