第24話 囚われて

 杏と雪丸はリオンからの当身により気を失っていたが、意識を取り戻すと山を下り第六区へと馬で移動を始めた。


 そして、それから二日かけてやっと第六区、六城の城下町付近へとやってきたのだった。


 近くの森に馬を繋ぎ、城下町へと入っていく。


「町に変わった様子はないな……」と雪丸は周囲を見渡しながら呟く。


「あれからもう二日が経った。リオンはあの船に乗ってここまでやってきたはず。だとすれば、もう戦いは終わってしまっている可能性が高い……もし秀隆を討ち取っていれば、この町は、こう平然としてはいないだろう。つまり……リオンは負けてしまったという事だろうか」


 杏はそう推理し、どんどんその表情を深刻なものへと変えていく。


「それは……聞いてみるまでは分かるまい。城まで行くぞ」


 歩き出す雪丸に杏は「あ、あぁ……!」と声を上げその後についていった。




 なぜか、西の橋がなくなっていて二人は北の門まで回り込むことになった。


 橋の先には虎口(門)があり、その前には二人の兵が見えた。


「俺が話を聞いてみる。お前は何もするなよ」


「わ、分かった」


 そして橋を渡り、虎口の前に近づくと、兵の一人が「止まれ」と声を上げた。


「貴様たち、雑賀の人間だな。何の用だ。通行証でもあるのか?」


 今は戦時ではないが、鋭い視線をその門番から向けられる。


 雪丸は「いや、近くまで来たから、少し雑談でもしにきたのだ」と抑揚のない声で答える。


「雑談……だと?」


「最近何か変わった事はなかったか?」


「あぁ……あったな。先日、城に忍び込んで、そりゃあもうけったいに暴れた奴がいた」


 間違いない、それはリオンの事だろう。杏はそう確信した。


「おい、いいのか、その事を話しても」ともう一人の兵が突っ込みを入れる。


「まぁいいだろ。どうせ使者を送ってこの事は雑賀に伝えるって話なんだから」


「……けったいに暴れたとは、何か被害が出てしまったのか?」


 雪丸の問いかけに二人の兵が顔を向ける。


「あぁ。なんと、そいつ一人に一晩で五百人も斬られちまったんだ」


「五百人……だと?」


 杏はその言葉に息を飲んだ。まさかリオンの力がそこまでだとは思っていなかった。


「それで……その者は一体どうなってしまったのだ」


 雪丸は一番重要で、杏があまり聞きたくない結果をついに尋ねた。


「捕まったよ」


 その返答に杏は「捕まった……」と復唱する。


 雪丸は「それは……つまりまだ生きているという事だな?」と会話を続けていく。


「あぁ、体中斬られまくったってのに、なぜだかしぶとく生き残ってるんだとさ」


「そ、それで……そいつはこれからどうなってしまうのだ!?」


 杏は口を出すなと雪丸に言われていたのに、つい口を開いてしまった。


 門兵は、にやりと口角を上げる。


「気になるのか? ふん、教えてやろう。奴は近く、ヨンロク門前で公開処刑される」


「しょ、処刑……だと!?」


 そんな事させる訳にはいかない。助けに行かなくては。杏は腰の刀に手を伸ばした。


 しかし、その行動に気付いたのか、雪丸が振り向き「杏」と冷たい声音を杏に向けた。


 杏は雪丸の目を見たあと、一度瞼を閉じ、一呼吸して手を納めた。そうだ、ここで暴走すれば、助けられるものも助けられなくなってしまう。雪丸はそう言っているのだ。


 ◇ ◇ ◇ ◇


 六城から引き返し、100mほど離れたところで杏は足を止めた。それに気付いた雪丸も足を止め杏に顔を向けた。


「何をしている。早く城に戻るぞ」


「雪丸、いいのか! このままではリオンは処刑される! そうなれば雑賀に未来はない!」


「落ち着け杏。俺達二人だけで今この城を攻めて、リオンを救出するなど、非現実的な話だ」


 杏は「それは……分かっているが」と呟き、軽く唇を噛み締める。


「それに考えてもみろ、なぜ根来がリオンをすぐに殺さなかったのか。その理由を」


「……なぜと言われても……」


 確かに、大勢の兵を殺したリオンを根来はなぜすぐにその場で殺さなかったのだろうか。


「その理由は、おそらく俺達のような今だ残る反乱因子を炙り出すためだろう。このまま中途半端な戦力で戦いを挑めば奴らの思うつぼ。それこそこの国の未来はなくなってしまうぞ。奴らはリオンという希望を餌に俺達を釣ろうとしているのだ」


 杏は口を尖らせ、「……ならば一体どうしろと言うのだ」と納得のいかない顔をする。


「逆に言えば、中途半端な戦力でなければいいという事。……可能性がどの程度あるのか分からないが、皆を、国を味方につけるよう促すしかあるまい」


「……国を味方に?」


「結局国に勝つには国をぶつけるしかない。もともと雑賀は兵力で負けていたわけではない。国が総力を上げればリオンを奪還することも難しくはないだろう」


 杏は「そうか……なるほど」とその言葉に顔を上げ、納得したようだった。


「そのためには雅様を説得させるしかない。まぁ、それはそれで厳しい道になりそうだがな」


「だが、やってみるしかあるまい。それしか手がないというのであれば……!」


 そうだ、まだ希望は残されている。杏は気持ちを切り替えて四代城への道を進んでいった。


 ◇ ◇ ◇ ◇


「駄目じゃ」


 翌日、杏と雪丸が四代城へと辿り着き、散々説明したあと雅に言われた答えがそれだった。


 そこは雅の自室だった。その場にいるのは雪丸と杏、雅の三人だけである。


「な、何故ですか雅様!」


 杏は、畳に手を突き、前のめりになって雅に対しての説得を続ける。


「リオンは五百の兵を斬り倒しました。奴の力は圧倒的です! 我々の協力さえあれば秀隆の首に朧月の刃は届いていたのではありませんか!? このまま奴が殺されてしまえば、そのような機会はもう失われてしまうのですよ! 雑賀は永久に根来の属国となってしまうのです!」


「……確かにリオンは惜しい男ではある。出来れば死んでほしくない。じゃが、私が命令を下し奴を助けようとすれば、それは宣戦布告をするようなもの。国同士の争いが始まり、そうなればまた多くの死傷者が出てしまう。奴一人のために、そのような多数の犠牲を出してしまっていいのかね? お前はそれが正しいと思うのか?」


「そ、それは……」


「せっかく平和が始まったばかりじゃというのに。私はもうあのような地獄、見とうない」


 ◇ ◇ ◇ ◇


 そのあと杏と雪丸は杏の自室で二人話し合った。杏は腕を組んで、眉をひそめている。


「まったく雅様は考えが甘い……使用可能な地区が減っていけば、現状維持すら出来ないというのに。このまま放置した先にこそ真の地獄があるのではないのか!」


「……なんというか、雅様にとって、もはや話の道筋はどうでもいいように感じられるな。単純に戦をしたくない、人死を出したくないのだろう」と雪丸は推測する。


「そんな短絡的思考、国の主としてどうなのだ。頭の中に花畑が広がっているのではないか」


「……お前、俺以外の人前でそんな発言をするなよ」


 杏は渋々と言った様子で「分かっている」と返事をする。杏の態度にため息をつく雪丸。


「しかし、杏、お前……何だか感情的だな」


 杏はその指摘に「え……」と惚けた顔をする。


「お前も仲間の死に立ち会った事は一度や二度ではないだろう。それでも、ここまでお前が感情的に動こうとしているのは見た事がない」


「そ、それは……リオンはこの国にとっての希望だと私は信じているからだ」


 その回答に雪丸は「ふっ……そうか」と目を瞑り軽い笑みを浮かべる。


「な、何を勝手に納得しているのだお前は!」


「なんだ、はっきり言ってほしいのか?」


 杏は「い、言わなくていい!」と叫ぶと、ふんと雪丸から目を背け腕を組んだ。


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