第17話 きっとその願いは叶うはず

 雅はその頃、四代城、本丸にある屋敷の一室に引きこもっていた。


「雅様……悠河様が亡くなられた事については心中お察し致します。しかし、そろそろお顔を出されてはいかがですか。皆が雅様を待っておりますぞ」


 部屋の外からそんな赤虎の声がするが、雅は聞く耳を持たない。部屋の隅で頭を抱える。


 悠河は死に、戦が起こり、多数の死者が出てしまったのだという。今まで道場で鍛錬を積んでいた顔見知りも死んでしまったはずだ。なぜこのような最悪な状況に陥ってしまったのか。


「一体、どうすれば……」


 その時、雅の頭に西の村の百姓、黒蜜の顔が浮かんだ。彼女はいつも正しい助言雅に与えてくれた。このような時だって、きっと助けになってくれるに違いない。


 ◇ ◇ ◇ ◇


「あら雅様、いらっしゃったのですね」


「すまん……こんな遅くにやってきてしまって」


 その日の夜、黒蜜の家へやってきた雅。黒蜜は嫌な顔一つせず、雅を玄関で出迎えてくれた。


「いえ。積もる話もございましょう。さぁ、どうぞ中へお入りになってください」


 家に立ち入ると、二人は縁側に立った。茂みからは虫の声がりんりんと聞こえてくる。


「黒蜜、今の国の状況を知っておるか……」


「はい。悠河様がお亡くなりになったとか……心よりお悔やみ申し上げます」


「あぁ……。だが、それだけではない。ついに全面的な戦が始まり、多数の死者が出た」


「はい……まだ知らせは届きませんがこの村の者にも亡くなった者はいる事でしょう」


「そうじゃな……」


 戦ったのは専業武士だけではない。百姓からの徴兵もあった。被害のない地域などないのだ。


「そして今、皆は私を次代の国主へと担ぎ上げようとしておる。次の戦の指揮をしろと言っておるのじゃ……」


 不安そうな顔で黒蜜の白い横顔を見る。無言の黒蜜に雅は更に心境を吐露し始めた。


「父はとてつもない存在感を持つお方であった。私はそんな父がいなくなる事など想像もしておらんかった。そしてこれまで私は大した自分の意思など持たず父の判断の元に生きてきた。それがいきなり私に全ての判断が委ねられるなど……私の指示で多くの者の命が失われるなど……とてもじゃないが考えられない。この国の運命など私に背負いきれるものではない……」


 すると、黒蜜はやっとその口を開いたのだった。


「雅様……では、わたくしが少しだけその力添えになりとうございます。とは言っても私に出来る事など、雅様とお話をする事くらいではありますが」


「話か……何か良い考えでもあるのか?」


 すると黒蜜は雅に対し正面を向いた。少し上目遣いで雅を見つめてくる。


「そうですね……私はひとつ思うのです。どうしなければならないか。雅様はそればかりをお考えのようですか、一度それをお捨てになってみてはいかがでしょうか」


「え……」


「雅様は一体どうなされたいのでしょうか。それをまずお答えいただけないでしょうか」


「どうしなければならないかではなく、どうしたいか……、か」


 雅は口を少し尖らせて考える。確かに、そう考えれば選択肢は広がりそうではある。


「以前からの話を思い返しますと、雅様は戦自体を望んでいないのではありませんでしたか」


「うむ……それはもちろんその通りだ。命を懸けてまで戦うなど、実に馬鹿らしい事だ」


「だったら、そんな事やめてしまえばいいのです」


 雅は「なに……?」と顔を黒蜜へ向けた。


「雅様はもうこの国の主なのですから。そう願うのならば、きっとその願いは叶うはずです」


「しかし、そんな事が……可能なのか……?」


 黒蜜は美しく、全てを赦すような優しい微笑みで「はい」と頷いてみせた。


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