『この空を飛びたい』


―――


 『この空を飛びたい』



 もう一度抱きしめて

 それは叶わない夢

 まさかこんなに早く別れがくるなんて


 あなたの愛が欲しかった

 ただそれだけで

 嘘の涙を流した私を

 誰が許すと言うのだろうか


 この背中に羽があったなら

 あなたの側に行けるのに


 この空を飛びたい この空を飛びたい

 たとえどんなに離れていても

 あなたの元に飛んでゆきたい



 本当はわかっていた

 それは叶わぬ夢

 だけど私を選んでくれると 思っていたのに


 あなたの笑顔が欲しかった

 そう願っていただけだったのに

 あなたからの「さよなら」は 涙が止まらない



 私の背中に羽があったなら

 幸せだったあの頃に戻れるのに


 あの空を飛びたい あの空を飛びたい

 別れが繰り返されるとしても

 あの頃のあなたに会いたい



 何をどう頑張れば

 もう一度あなたの瞳に映れるの?

 その優しさを

 一人じめしていた過去は戻らない


 私の背中に羽があったなら

 あなたの側に行けるのに


 あなたが欲しい あなたが欲しい

 たとえもう愛されていなくても

 あなたを愛したい



 この空を飛びたい この空を飛びたい

 たとえ振り向いてくれなくても

 あなたの元に飛んでいきたい





―――


「この曲って悲しい歌だね。」


 吹雪がデモテープを止めてボソリと呟く。俺は楽譜に落としていた視線を上げて、どこか切ない表情の吹雪を見た。


 今日歌って録音した『この空を飛びたい』をたった今まで二人で聴いていた。

 俺は自分が歌った部分を一生懸命聴いてただけだったけど、吹雪はこの曲の歌詞に注目したようだ。


「このスタジオを借りる為に練習してた時はとにかく必死で歌ってただけだったけど、こうしてじっくり聴くと歌詞が凄く切ないなって。」

「うん。俺もそう思う。曲自体はそんなに暗くはないんだけど、歌詞だけ見ると悲しい歌だよな。」

「これって氷月のお父さんが作ったんだよね。ここのオーナーの。」

「あぁ。実は氷月の親父さん、元バンドマンだったみたいでさ。」

「え~!そうなの?」

「うん。でさ、氷月が産まれて何年かしてバンドは解散したんだけど、氷月が小さい頃にお袋さん死んじまって。その時作った歌がこれなんだって。」

「そうなんだ……」

 急にしゅんとなる吹雪に俺は笑った。


「そんな顔すんなって。作った当初はそりゃ悲しかっただろうけどさ、今じゃこの曲がこのスタジオに入る為のオーディション用の曲なんだから。もしかしたら聴く度に奥さんの事を思い出してるんじゃねぇか?」

 殊更明るく言うと、吹雪もようやく笑顔を見せてくれた。


「そうかもね。この曲には悲しい想いだけじゃなくて、幸せだった頃の想い出もこもってるのかも。」

「…………」

 優しい表情でそう言った吹雪に不意に心臓が跳ねた。

 一回…二回……三回………


 数を重ねる毎に大きくなっていく鼓動。

 その意味に戸惑っている内に吹雪が言った。


「やっぱり嵐、上手くなってるよ。ほら、ここの一番のサビの所。綺麗に伸びてる。」

 いつの間にテープを回したのか、また最初から曲が流れていた。一番のサビが終わった所で一時停止する。


「何の気負いもないまま嵐の声が音にハマってる。凄い事だよ、これって。練習の成果、努力の賜物だね。」

「あ、あぁ……そんなに誉められると照れるな。」

 どぎまぎしながら言うと、いつもの意地悪な顔に戻った。


「二番は散々だったけどね。」

「言うなよ、それ!しょうがねぇだろ、お前のハモりに引きずられちまったんだから……」

「言い訳はなーし。はい、そういう事だからまた明日から特訓よ!」

「はぁぁぁぁ!?」

「当たり前じゃない。何驚いてんの?こんなもんじゃ私納得しないわよ?」

「うぇぇぇ……」


 ソファーからずり落ちながらさっきのドキドキを返せと心の中で叫ぶ。

 そのドキドキが女苦手病の症状とは少し意味が違う事をうすうす感じながらも気づかないように蓋をしたのは、俺だけの秘密にしようと密かに思った……



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