赤ずきんさま(4)

 姉オオカミが単にバカなだけでそれほど悪い獣には見えない点と、なにより姉オオカミを討った場合、残された妹オオカミは孤独の奈落に落ちることになります。


 猟師も、残された者の辛さや悲しみは身をもって知っているので。


「……どうしよう」


 殺る気スイッチがオフになってしまった猟師は、赤ずきんの指示を仰ぎました。


「――れ」


 そこへ来ると、赤ずきんは一切ブレませんでした。


「妹に罪はないとしても、姉を生かす理由はない。御祖母様はもう帰らない。ならば仇は討つのみ。迷うな。殺れ」

「鬼か」


 腕を組みながら仁王立ちで命令する赤ずきんに、猟師は嘆息しました。冷徹ではありましたが、赤ずきんの言い分も理解できるからです。


 ところが――赤ずきんと猟師は、ここに至るまで大きな思い違いをしていました。


「………………んん? あの、ちょっと待って」


 ぐすぐすと涙を拭いながら、姉オオカミは赤ずきんに向き直りました。


「命乞いなら聞かんぞ」

「いや……おばあさんなら、まだ生きてるけど」


 冷徹な態度を崩さない赤ずきんに対し、姉オオカミはしれっと驚愕の事実を口にしました。


「「…………は?」」


 赤ずきんと猟師の反応は当然でした。

「人を食った」という事実が比喩表現ではなく現実のものであれば、捕食と死はイコールのはずだからです。


「ういしょ」


 姉オオカミ。




 その開いた部分――姉オオカミの腹から、平然と、おばあさんが出てきました。




 黒髪に、光のない黒瞳。

 おばあさんというにはぶっちゃけ赤ずきんとさほど歳が変わらない少女にしか見えませんが、そういうことにしておきましょう。


「御祖母様……!?」


 思わずおばあさんに駆け寄る赤ずきん。


「――仔細ありません」


 おばあさんは強メンタルでした。


 間違いなく姉オオカミの腹の中にいたはずですが、特に目立つ外傷などはありません。

 マジのガチで無事健在でした。


「……………………」


 赤ずきんは、なんともいえない微妙な顔をしました。

 強いてたとえれば振り上げた拳の落とし所を完全に見失ったような、

 もしくは拳を振り下ろした先がコンニャクとか体操用ウレタンマットだったとか――そんな顔でした。


「……御祖母様。このオオカミはどうなさるおつもりですか?」

「私を食べたのも空腹が原因の一つでしょう。最初に交渉を持ちかけてきたのはそちらですから、それほど凶暴とは思えません」


 おばあさんは強メンタルの上に寛大でした。

 自分の生死すらも頓着がないとも言えそうですが、それは置いておきましょう。


「……食ったのは事実だとしても、生かして帰したなら減刑でいいだろ。多分……食事さえ与えとけば無害じゃないのか」


 ちゃっかり妹オオカミの頭をわしわしとなでながら、猟師は付け加えました。


 ほんの数秒考え込む赤ずきん。


 出した答えは、


「……食に窮しているなら、貴様ら姉妹に働き口をやろう。しっかり働くなら食も保証してやる。また人間を食おうものなら――次はない」


 懐柔策でした。

 このあたりの割り切りと切り替えの早さも赤ずきんの長所でした。


「とりあえず許す」というニュアンスは伝わったのか、互いの顔を見合わせる姉オオカミと妹オオカミ。


「ははーっ! 平身低頭の至りィーーーーーっ!」

「あっ、ありがとうございますっ……!」


 姉オオカミは勢いよく土下座を炸裂させ、妹オオカミも深く頭を下げました。

 構図的にはほとんど王族と平民でした。


「うむ……今ひとつ釈然としないが、御祖母様が無事なら余計な血を見る必要もあるまい。撤収するぞ」

「完全に徒労だったな」


 二人そろってどこか疲れた顔をする赤ずきんと猟師。

 疲れた顔はしていましたが――目の色は穏やかでした。


 二人は自然保護官です。自然の保護が仕事です。


 害獣と好き好んで殺し合いがしたいわけではなく、戦わずに済むのならそれで良しという考えでした。


「……ところで、猟師さんや」

「ん? なんだよ」


 姉オオカミに声をかけられ、振り向く猟師。




「――今夜のお夕飯はまだかいの」

「お前いい加減にしろよ」




 おなかをさすりながら恥も外聞もなく自身の空腹っぷりをアピールをする姉オオカミに、猟師はちょっとだけ殺意を抱きました。


                    [赤ずきんさま:おしまい]

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