スターマイン(2)

          ☆    †    ♪    ∞


[同日]

[同時刻]

          [津雲市 朝吹二丁目]


「アマネちゃん、すっごく残念そうな顔してたね。さあみんなで行こうってタイミングで急用が入るなんてさ」

「……時間ギリギリで試験会場に来たのにそこで受験票を忘れたことに気付いた学生みたいな顔してたな」

「ひどい」


 完全に他人事としか思ってないランセに、自転車を押しながらマユナは顔をしかめた。

 ランセとマユナの二人はそろって帰路の途中。二人とも自宅が同じ地区にあるため、登下校は二人いっしょになることが多い。

 マユナが挙げた話題の発端は数時間前――昼休みのこと。

 昼食後のおやつを味わっていたアマネがなんとも幸せそうに見えたマユナは、なんとなくアマネに「学校の近くに美味しいフルーツパフェを出す店がある」と振ってみたところ、マユナの予想を上回る形でアマネがそれに食いついた。


『お前が推すならば信頼に足る。せっかくだ、コマリやランセも連れて皆で食べるぞ』


 その時のアマネの目の輝きっぷりたるや……普段の大人びた冷たい光ではなく、それこそ小学生と変わらない無垢なものだった。

 放課後は皆でパフェを食べる――アマネはそう心に決めて、またそれを楽しみにしていた。


 ――が、現実は無慈悲で残酷だった。


 最後の授業が終わり、放課後。いよいよというところでアマネのスマートフォンのような端末に着信が入った。

 発信元の名前を見たアマネが瞬時に渋面を浮かべたあたり、マユナはそれが凶報であることを察した。


『……私だ。なんの用だ…………ふん、今週の地球防衛担当はヴァーディミット卿だろうが。なぜ私に………………なんだと? ふざけるな……! 私はこれから臣下とともに評判の甘味を…………些事ではない! 私にとっては大事な用件だ……!』


 珍しく――というより、すくなくともランセやマユナにとっては初めて語勢を荒げ、怒りをあらわにするアマネ。

 時間にしてニ~三分ほど。長電話ではなかったが、通話を終えたアマネはなんとも悲痛な――まさに時間ギリギリで試験会場に来たのにそこで受験票を忘れたことに気付いた学生みたいな顔をしていた。


『…………すまんが、茶会は中止だ。私はこれから宇宙に出て…………地球を、守護まもらねばならん』


 アマネの小さな肩にのしかかる、疲弊と落胆。

 地球の命運が託されたとは思えない様相だった。


「でも、アマネちゃんがみんなでパフェ食べるのを大事な用件って言ったの、お姉ちゃんうれしい」

「アイツがパフェを食べたいだけだろ」

「ちがうよー。みんなで、ってトコが大事なの。そうでなきゃコマリンやランセちゃんも連れてこうって言わないよ」

「……オレは甘いのは苦手だ」


 ランセは冷ややかだったが、マユナにはそれが断固たる拒絶には見えなかった。


「ランセちゃんはさ、アマネちゃん好き?」

「……なんだよ、いきなり」


 ひょい、とすこしだけランセの目をのぞきこむように首をかたむけるマユナに、怪訝顔で応じるランセ。

「またなんか言い出したぞコイツ」と、表情に塩気がにじむ。


「お姉ちゃんはねー、アマネちゃん好き。かわいいし、自分のかわいさに謎の自信を持ってるトコもかわいいし、大人っぽいのに結構ノリがいいのもかわいいし、それでいておやつとか甘いものを食べてる時は幸せそうにしたり子供っぽいトコがちょいちょいあるのもかわいいし……あ、でもたしかこの前『ブルボンこそが至高。異論は認めん』って言ってたから森永派のお姉ちゃんとしては今度勝負するつもりなんだけどね?」

「……また決着がよくわからない勝負か」


 つぶらな瞳を輝かせながら、聞かれてもないのにたたみかけるがごとくアマネへの「好き」を語るマユナ。

 大抵の人なら気恥ずかしくなるようなことを、仮に本人の前でも平然と言ってのける――マユナは自分の「好き」にどこまでも正直だった。


「ランセちゃんは? どーなの? アマネちゃん好きかい?」

「……アイツは……」


 ふんす、とやや鼻息を荒くしながらマユナはランセの返答を求めた。

 ランセにとってマユナの厄介な点は、他人の本音を引き出す時はまず自分の本音を打ち明ける――自己開示を、マユナはなんの意識もせずにやってしまう所にある。すくなくともランセは「コイツはそこまで計算してない」と考えている。

 ランセの場合、これをやられると弱い。


「……いけ好かない奴だ」


 無理矢理しぼり出すかのように、ランセは言った。


「なーるほど。嫌いじゃないなら、よかった」

「なんでそうなる」

「ランセちゃんだったら嫌いなら嫌いだってハッキリ言うでしょ?」

「……黙ってろゴリラ」


 エヘヘと嬉しそうに微笑むマユナに観念して、ため息をつくランセ。

 マユナとの会話はどこか疲れる。

 疲れるが――嫌な気分はしない。


「……あのさ、ランセちゃん。ついでにもういっこ聞いてもいい?」

「ん?」


 ふと、マユナの表情から笑顔が消える。


「前からちょっと気になってたんだけどさ……アマネちゃんとコマリンがはじめて学校に来た日、アマネちゃんと勝負したでしょ」


 数日前――始業式の翌日。

 初めてアマネとコマリが春日峰高校に来た日、アマネはランセに興味を持ち、勝負を持ちかけた。

 ランセが勝てばランセの願いをアマネが叶え、アマネが勝てば――ランセを隷属させる、という勝負。

 結果はアマネの圧勝だった。

 その証として、現在ランセの首にはアマネの言いなりになってしまう首輪・偽脳環レギアスが装着されている。


「……なんで、勝負を受けたの? あの時、多分……ランセちゃんが嫌だって言ってたらそこで終わってたと思うんだけど」

「…………」


 ランセは、自分の意思でその勝負を受けた。

 アマネと戦う前から負けることが解っていながら。


 しばし、おたがいに無言になる。

 ほんの数秒の沈黙。足音と車輪の音だけを道に残しながら。

 ランセの左目に、影が差す。


「……ただの、気まぐれだ」


 マユナから視線をそらしながら、ランセは答えた。


「……そっか」


 マユナはそれ以上、なにも聞かなかった。


 そこでちょうど、別れみちに着く二人。

 マユナは押していた自転車にまたがった。


「……じゃね、ランセちゃん。またあした」

「……ああ」


 静かに別れるランセとマユナ。

 自転車に乗って去っていくマユナが見えなくなるまで、ランセはその背を見送った。

 独り家へと歩き出すランセ。

 ふと、空を見上げる。

 夕焼け空のはるか先。大気圏の向こう側――宇宙。

 あの赤くて小さないけ好かない奴が、今戦っているであろう場所。


『……地球を、守護らねばならん』

(そう言われてもな……)


 あまりにスケールが大きすぎて、ランセには実感のない話。

 それよりも今のランセにとって重要なのは、


 アマネとの勝負に勝つこと。それだけだった。

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