第3話 仮装は完璧

 用意された席に座ると、湯呑みをひとつ前に置かれ、飲みなさいと手で促される。知らない場所で、誰ともわからぬ人に出されたものなのに、懐かしいそれは固まった警戒心を温め、ゆらめく湯気とともに空気中へ消し去ってしまう。


 少しの抵抗の後に1口頂くと、微量の刺激的な辛みの後に、独特な香りの甘みが鼻腔を満たし、緊張でかわいた喉を潤した。匂いでなんとなく察しがついていたが、これも昔よく飲んでいた生姜湯だ。たっぷりの蜂蜜にスライスした生姜にを漬け込み、湯で溶かした体の芯からポカポカするあたたかい飲み物。久しく飲んでいなかったな。


「落ち着いたかい?」


 と朗らかな笑みを浮かべた、未だに謎の子供が目の前で頬杖をついており、現実え引き戻される。そうだ、色々と聞きたいことがあるのだ。


「ここはどこ?あなたはだれ?

 あたしはなんでこんなことになってるんだ?!」


 助走もなく勢い余って一息で話したせいで、酸欠により喉が乾き咳き込む。おやおやと笑い混じりの声が聞こえた後、


「では、順に説明しよう。」


 と生姜湯を1度すすると、私の瞳をじっと見つめ語りだした。


「ここは《幼帰家》。うちは、この家の座敷わらしじゃ。君がその姿になっているのは、いわば仮装だと思えばいい。」


 そう言うと、机の真ん中に置かれたお菓子を手に取り、パリッといい音を立てて咀嚼する。お前もどうだと言わんばかりに、空いた片方の手でこちらへよこしてくる。渋々受け取ると、話を続けたた。


「ほら、ハロウィンでは皆が仮装をして集まるじゃろ?

 幼子に仮装して懐かしい記憶に浸る。ここはそういう場所じゃ。」


 いやいやいや、ありえない。

 目の前の子供が座敷わらしで、つまりは神様?で、大人を子供に仮装させるなんて、某推理作品のカプセルを飲んだ訳でもあるまいし。そんなファンタジー、現実的に信じられない。非常識なことが多すぎて、どこから手をつけていいやら...


「すべてあなたのいうとおりだったとして、あたしはどうやってここにきたの?」


 そう投げかけると、左手首をポンポンしてみせた。それを見て首をかしげていると、いきなり身を乗り出し左腕を掴み上げられる。視界に入った自分の手首に、見たことのない腕輪がついていた。

 黒いリングに丸い石がはめ込まれている。それはまるでこきに来る前に舐めていた飴玉の様で、


「ええっ?なんで、わたし...」


 咄嗟に口を押さえ、中を確認したら案の定それは無く、ただ目の前にあるキラキラとした石が、あの飴玉と酷似したオレンジ色の宝石である。否、あの飴玉なのだ。と変に確信づいてしまった。


「幼帰家に帰ってくる条件は、4つ。

 配られた飴を食べること。

 幼い頃に戻りたいと強く願うこと。

 それらと同時にドアを開けくぐること。最後に大前提として、

 "大人であること"じゃ。」


 つまるところ、私は条件を全てクリアし、意図せずここやってきたと。

 なんてこった...。


「まぁ、いつの時代であっても偶然そこにあった物を口にするなど、拾い食いに等しい行為。それをやる大人なんぞめったにおらんけどな。」


 遇のでも出ない。

 顔から火が吹きでそうになるのを誤魔化すように、もらった菓子を齧りつつ、自分の軽率な行動を猛省した。こんな状況で食べ物の味などしないだろうと思っていたが、案外自分は図太いのかもしれない。

 少し厚めに切られたりんごはサクッと音を立てて、口の中で水分を得ると、シュワシュワとした食感に変り、果物の濃縮された美味みと豊かな甘みで思わず頬が緩む。たまらず手を出し、器から1枚つまむと今度は薄めのせんべいで、パリパリと軽い音を立てて、それと共に心も弾むようだ。もう1枚、またもう1枚と伸ばす手が止まらない。あっという間に完食してしまった。 空になった器を見てはたと、我に返る。いけない。呑気にお菓子を食べてる場合じゃない。

 頭を振り、思考をめぐらせる。

 この家に居るのも、この姿になったのも全てこの子のせいだと仮定する。とすると、どうしたら帰してもらえるのか。タネも仕掛けも分からぬ今、相手の言うことわ聞く他に道はないのだろうか。そう考えあぐねていると、


「ハッハッハ、驚いたり、慌てたり、食べたり、悩んだり忙しい奴じゃ。そう焦らんでも、とって喰うたりせんよ。」


 と言うと、空になった器と湯のみをお盆へ片付け、胡座をかいていた足を綺麗に折りたたみ姿勢を正す。


「さて、本題に移ろうか。

 君が、元いた世界に帰るには己の願いを叶えねばならん。

 前は急げじゃ!」


 そう言い、手のひらをパンッとひとつ鳴らすと襖が開き、衣装カートを引いた二足歩行でひょこひょこと器用に歩く化け猫が部屋へ入ってきた。座敷わらしがありがとうと頭を撫でてやると、三股にも分かれた尻尾をピンッとたて満足そうな声で鳴き、ドロンッと煙を立てて消えてしまった。残されたのは、おそらくハロウィンの衣装だろうか、子供用に可愛らしくデザインされている。


「この中から好きなのを選びな。」


 言われるがまま、無難な狼の被り物を選び、1式を体に装着していく。

 顔が隠れないタイプのモコモコした被り物に、黒い爪と肉球のついた手袋。ベルト式になったのもっふりとしたしっぽを着けて完成だ。


「よしよし、仮装は完璧じゃな。では、参ろうか。」


 いつの間にか、魔女の衣装を身につけた座敷わらしに手を引かれ玄関とは真逆の道へ歩き出す。キッチン横の廊下の突き当たりには、勝手口と思われる曇りガラスのついたドアがあった。段差の下には、いつ間にかに魔女用のパンプスと狼人間用のブーツが揃えられている。何事ないようにそれを履き、ドアを開け放つその子に手を引っ張られ、流れ込む様に外へ飛び出した。

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