第1話 土地と信仰

「神隠しにはルールがある。」


久々子 泰人くぐし やすとはY県にある山間部にほど近い集落に向かう道中に師匠の言葉を思い出していた。


出掛ける間際に常神つねがみはまるで親が幼子がお使いに行くのを心配するように静かなトーンで声をかけていた。不出来な弟子のことを案じていたのだろう。


「おそらくその依頼は間違いなく本物だろう。お前のサイトにアクセス出来たぐらいだ。つまり行方不明者は続く。その依頼者も候補者だ。」


そう、依頼者も見たと言っていた。時間はあまり残されていないだろう。早く合流することが先決だ。



「もう一度言う、ルールがあるはずだ。その土地か信仰か呪いの原因かに根差したものがな。」



ルール。規定。制約。



頭の中で師の言葉を何度も反芻する。


Y県の市街地からおよそ1時間ほどかけて久々子を乗せたバスは目的地に到着した。



「ここか。」


久々子はカバンを背負い直して周りを確認する。田ばかりで所々に家が点在している。どこにでもある日本の田舎の風景だ。


たいした荷物はないが常神から依頼された箱が入っている。いつも以上に慎重に依頼にあたらなければならない気がしていた。



降り立ったその集落はまだ夕方になったばかりだというのにも関わらず異様に暗い。


山に挟まれ少し陽が沈んだだけで村全体が陰るのだろう。ここは夜が訪れるのが早いのだ。



依頼者とは待ち合わせをその集落内にある小学校にしていた。目立つ建物がそれしかないこともあるがなによりことの発端はその小学校の裏山で起きたというのだから仕方ない。



久々子が降りたバス停からは小学校は見えないが地図によれば奥に続く小道を行けばすぐだそうだ。



日が完全に落ちるまでに会わないとな...



歩き始めてから5分も経たないころだ。久々子は異様なものを見つけた。


小川に面したところに小さな小屋がある。初めは無人の野菜販売所のようなものだと思っていたが中を見て驚いた。大小さまざまな人形が並べてある。日本人形や西洋のもの子供のおもちゃから多種多様だがすべてに共通点があった。



目がない...



並べられた人形はどれも両目がくり抜かれている。

無理に外したものもあるのだろう目があった暗い穴からヒビ割れているものもある。



なんだこれは…


「そりゃあ、今年の様に捧げるもんじゃよ。」


久々子は背後から声をかけられて驚く。

うしろには壮年の男性が立っていた。格好から見て農作業帰りか。


「めなしどち?なんですか、それは?」


「うちの村の山におる神さんだよ。毎年秋にゃ祭があってその人形使うんだ。あんた見たところここいらの人間じゃあねぇな、こんな時間にどうした?」


久々子は答えれる範囲で説明する。

もちろん職業は伏せる。ヘタな衝突はごめんだ。

自分は探偵で行方不明になった子供を探しに来たと。


「...?。誰もおらんようなったなんて聞いてねぇがなぁ。まぁ小学校はもうちと行ったとこにあるでな。」


「ありがとうございます。」


男性と会話を終えて向かう。


めなしどち様...か。


教えてもらった祭とは中秋のころに豊作を願うために執り行われるものらしい。


橋下の少し広い河川敷で目を布で覆った鬼役の人から参加者が人形を持って捕まらないように逃げるそうだ。


見物人は橋の上から鬼役に指示を出す。

最後に捕まったものの家から来年の鬼役を出さなければならない。そして使われた人形はその場ですべて燃やして、めなしどち様に捧げるという。



郷土信仰は様々なものがある。

閉じられた世界で長い間信じられていたものはときに歪んだ変容をすることもある。


その歪みは中からは気付かない。外のものが見て初めて異様だとわかるのだろう。それは風土や方言などにもあてはまる。ようは文化の違いが生じるのだ。



男性が言ったように小学校が見えてくると校門付近で待っていたのであろう少年が走ってくる。



「は、祓い屋さんですか!?大変なんです!」

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