2.家族でバンドって、音楽性を違えたらどうするのかしら - 伊豆高原桜まつり

 都市の風景はやがて工業地帯、新興住宅街に変わり、最後には海になる。

 線路は国道135号線と並行し、伊東いとう駅から伊豆急行線に入ってトンネルを抜け、目的地の伊豆高原いずこうげん駅に到着した。

 伊東市は静岡県最東端、伊豆半島東部の中ほどに位置する街で、豊かな自然と温泉で知られる有数の別荘地・観光地だ。伊豆高原はとくに別荘の多いエリアで、私営の美術館や博物館なんかも点在している。

 そんなところへなにを目当てにやってきたのかといえば、桜を観に……というのも嘘ではないけれど、それ以前に、まあ、いわゆる聖地巡礼というやつ。


 駅のロッカーに荷物を預けて、バスのフリーパスを購入した。市内全域は1300円、伊豆高原エリア限定なら800円。一部観光施設の割引つき。大都市と違って移動手段に乏しいから、観光客向けにこういうサービスがあるらしい。指定のコースを遊覧できる観光タクシーというのもあるそうだけど、学生が気軽に使うにはいささか値が張る。


 駅舎を出て右手側、ロータリーのそばには、温泉地らしく足湯が設置されていた。すごい、全部漫画で見たのと同じだ……って感動は口には出さずに秘めておく。

 このあたりは緩やかな傾斜地になっていて、伊豆高原駅のホームはロータリーよりも低い位置にある。おかげで行き交う列車を眺めるには絶好のポイントみたいで、小学生くらいの男の子が父親に電車の名前を教えて嬉しそうにしていた。

 私たちはそのそばで10秒ばかりぼんやりした。


「入らないの?」


 と、口火を切ったのはエルフィンストーンさん。


「え? てっきりそっちが入りたがってるものかと」

「わたし、今日タイツ履いてるんだけど」

「あ、そっか……」


 駅前の足湯に入るためにわざわざタイツを脱ぐのは確かに億劫だし、恥ずかしい。

 それにしても、脚、ほっそいなあ……。


「なに? ひとの脚なんかじろじろ見て……。まさか伝線してる?」

「あッ、ううん、なんでもない。考え事してただけ」


 どうしたらそんなに細くなるんだって、そんな考え事。

 私は足湯に入りたいのはやまやまなんだけれど、高校時代に生物部のフィールドワークで鍛え上げられた根菜を思わせる健脚はあまり衆目に晒したくはない。気にするほどじゃない、だれも見ていないと人は言うけれども、気になるものは気になるのだから仕方がない。だから私はパンツもスカートも脚のラインが見えなくなるものしか履かない主義だ。夏には厳しいけれども。


          *


 伊豆で桜といえば早咲きの河津桜かわづざくらなんかが有名だけれど、その開花時期は過ぎているから今日見られるのはソメイヨシノ。

 伊豆高原駅のすぐ近くには車道の両脇に桜が植栽された桜並木通りがあり、毎年満開の頃になると花が道路の直上を覆いつくして「桜のトンネル」ができることで知られている。3月には桜まつりも開催されて、駅前には出店が並んで観光客で賑わうことになる。

 今日は満開にはいまひとつ早いけれど、桜まつりは最終盤。すべりこみセーフだ。


 出店にはいわゆるテキ屋というのはなくて、地元の人たちが中心になって出店しているみたいだった。判子や帽子、木工の置物や針金細工のゴム鉄砲なんかを売っている。タープテントの立ち並ぶさまは、縁日よりもフリーマーケットを思わせた。

 飲食関係ではシカやイノシシなんかのジビエを売りにしている店が目立つ。地元の猟師さんなのかな。好奇心に押されて、シカ肉の串焼きを買った。

 駐車場を利用して設置されたステージでは、地方巡業に来ているらしいアイドルが声援を浴びていた。それはまばらといえばまばらだけど、熱心なファンがいるらしくひとつひとつの熱量が大きい。


 私は串焼きを食べながらステージを眺めた。えげつない味がしたらどうしようって不安も少しあったけれど、これが柔らかくて美味しい。これならもっと普及してもいい気がするけれど、そうならないのはなにか障壁があるからなんだろうか。


「……ひと口どう?」

「わたし、お肉は好きじゃないの」

「あ、そうなんだ」


 つれないエルフィンストーンさんはタピオカミルクティーを飲んでいた。そんなのどこで買っても同じじゃん……と思うけれど、もしかしたら屋台で買う焼きそばが一味違うみたいに、タピオカミルクティーも格別の味なのかもしれない。さすがにそんなくだらないことは訊けなかったけれど。


 アイドルのステージが終わって、舞台にはロックバンドが立っていた。家族でやっているらしく、なんとなく緩い雰囲気だ。とはいえなあなあというわけでもなく、演奏の腕は言わずもがな、衣装は凝っているしパフォーマンスのノリもいい。こうやって人前で全力の表現ができるのはカッコよくてうらやましいな。


「家族でバンドって、音楽性を違えたらどうするのかしら」


 心底から感心している私を尻目に、エルフィンストーンさんはそんなことをつぶやく。答えに困ったから黙っていた。こんなこと言うなら私もべつに屋台のタピオカミルクティーが格別か訊いたってよかったな。

 つかみどころがないというか、よくわからないというか。

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