第2話 チョコレートは母の味

 

 なければ欲しくなるのが人間の常で、ぼくは、まぁ死んで異世界にいるのだからぼくは人間と言えないかもしれないが、でもそれは一旦置いておくとして、やっぱりチョコがないとなったら無性に食べたくなってしまうのだ。欲しくて、食べたくてたまらない。

 

 あの味が、とても懐かしい。食べたい! 食べたい! 食べたい! でも、この世界のどこを探してもないのだ。なくなったのがキャンディーやガムならよかったのに。それならフツーに我慢できる。でもチョコは大好物だったのだ。そして味だけではない。今やチョコは、ぼくの暮らしていた現実世界を表すものにもなっているのだ。チョコがある世界イコール親兄弟親友彼女のいた現実世界なのだ。

 

 チョコは今、たんなる嗜好品だけではなく、郷愁の味ともなっていた。

 

 だからぼくは、チョコレートのあの味を思い出すたびに、涙を流す。帰りたい、チョコのある世界に。家族のいる世界に。チョコは、母の味となっていた。

 

 大学に向かう道すがら、またもコンビニに寄る。

 

 もうチョコがないことは分かっている。捜したって無駄だと承知している。ではチョコ味のところに何が入り込んでいるのだろう、ということを知りたくてコンビニに入ったのだ。

 

 パンコーナーの横に置いてある、栄養補助食品を見る。カエルが柳の葉に飛びつこうとするロゴに「あと一息 ガンバれ!」のキャッチフレーズが有名な、『ケロリーメイト』という売れ筋商品が、調査対象としてはうってつけだ。ぼくは生前、現実世界でチョコ味を好んで食べていた。

 

 いくつかの風味が並ぶ。まずはプレーン。これはあって当然だ。その横がチーズ、そしてストロベリーとなっている。そしてもう一つ……。

 

 それはコーヒー味だった。ぼくは、なるほどと唸る。コーヒー味ならチョコ味に極めて近い。この世界ではチョコ味のポジションがけっこうコーヒー味に置き換えられているのではないだろうか。

 

 見ていくと、パンもお菓子もコーヒー味が多い。この世界のコーヒー消費量は現実世界の数倍いってるのではないか。まさかチョコのライバルがコーヒーだったなんて、と驚きながらコンビニを出た。

 

 ぼくはコーヒーも好きだが、でもチョコを補えるほどではない。

 

 ―― やっぱり、チョコはチョコなんだよなぁ。

 

 ぼくはあの芳しい味を思い出しながら、トボトボと大学へ向かっていった。

 

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