六年前の事情 後編

 それはそうと所長……本音が駄々漏れしてますよ?

 所長の話はまだ続く。


「ちなみに、監視カメラは常にあるわけじゃないよ? 今回のために急遽設置したんだ。だから今日の夜には外すよ。それと……」

「誰にも言いません。というか、言えませんよ……。まあ、あの二人には言いたい放題のことをしましたし、二人から謝罪を受け取ることはありません。できればあの二人とは違う意味で、支社長や本社からの謝罪もいらないんですけど……」

「あの二人は僕でも受け取らないよ。そして支社長や本社側としては、こっちが巻き込んで怪我させてしまった形だから、それは無理だと思うよ?」

「ですよね……。そこは仕方がないので、私は所長を信じてそれに従います。あと、聞かれる前に言っちゃいますけど、警察沙汰にするつもりはありませんから。本当は連絡しなきゃいけないことはわかってるんですけど、それをしちゃうと会社の名前に傷がつきそうで怖いんですよね……」

「……ありがとう。そう言ってもらえると、僕としても会社としてもありがたいよ。でも、絶対にうやむやにはしないしさせないから、そこは安心してね」

「はい」


 そんなやり取りをしたあとで寺坂さんのことでまたからかわれ、話が終わった時には五時近かった。分配している人たちを横目に見つつ、目があった寺坂さんに軽く手を振ってから一旦自宅に帰ると、掃除洗濯をして麦茶を飲みながらソファーに座る。


 なんというか……とんでもない人たちだった。いろんな人がいるんだなあと改めて思ったけど、まさか仕事中にあれほどひどい行動をする人がいるとは思わなかった。


 話すのはちょっとした息抜きやコミュニケーションになるし、その人の為人ひととなりを見れるから悪いことじゃない。ただ、そこは仕事中なわけだから、節度を持つのも仕事を優先するのも当たり前だと思うんどけどな。

 だからこそ、山田さんは社員にしょっちゅう怒られてるわけだし。そういう意味では山田さんも彼女たちと同類ってこと……?

 いや、社員たちには、話し好きなだけで仕事をしてる分マシとか思われてそうだ。

 ま、まあ、相変わらず嫌われてる(平塚さん情報)らしいけどね。

 かといって、いくら両想いになったからって、寺坂さんみたいなセクハラ紛いなのも嬉しい反面すっごく困るんだよね。


(会社にいる時はやめてって言ってみようかな……)


 言ったら言ったで「家ならいいのか?」とか言ってエスカレートしそうだし……。とりあえず、それは会ってからにしようと決め、ネット小説を読みながら寺坂さんからの連絡を待った。

 そして七時半過ぎに連絡が来たんだけど……声が妙にご機嫌なのはなんで!?

 俺んちに来てという呼び出しに従って寺坂さんちに向かうと、またもや西棟に着く直前に彼がエレベーターから出て来た。


「ただいま」

「お帰りなさい」

「腹減ったー!」


 そんな話をしながらお邪魔して、何を食べたいか聞けば何でもいいと言われてしまう。


「汗かいたら先にシャワー浴びてくるな」

「はーい」


 寺坂さんの言葉に返事をする。腹減ったと言ってるから、まずはお米を洗ってから早炊き機能を使ってご飯を炊く。

 その間に冷蔵庫を覗いて食材を確認すると、野菜は玉ねぎとキャベツが半分ずつ、冷凍室には豚肉と鶏肉しかなかった。たぶん自炊をし始めたんだろうけど、さすがに食材がなさすぎる。

 失敗した、先に冷蔵庫の中身をメールで聞いておけばよかった!

 明日もご飯作ってって言われたら買い物に行こうと話すことにして、豚肉をレンジで解凍している間にキャベツを千切りにしてザルに入れ、玉ねぎを薄くスライスしてそのままにしておく。

 解凍した豚肉をボウルに入れる。その中に調味料を入れて水分がなくなるまで揉みこんで五分ほど放置。

 フライパンを熱して油を入れ、その中に玉ねぎを入れてちょっと炒めたあとで豚肉を投入、火が通るまで炒める。

 ご飯が炊けたらどんぶりに入れて、その上にキャベツを敷き、さらにその上に豚肉を載せれば生姜焼き丼の完成。

 お味噌汁はどうしようかなと思っていたら、いつ買って来たのか『味噌汁の具』なるものを発見したので、手抜きしてお椀にだし入りの味噌とその具を入れ、お湯を注ぐ。


「お、美味そう」

「手抜きしたお味噌汁と生姜焼き丼です。食材がないなんて思いませ……思わなかったよ。聞かなかった私も悪かったんだけど」

「あー……ごめん。すっかり忘れてた。明日買い物行こう」

「うん」


 卓袱台を出して来た寺坂さんと話しながら、その上に夕飯を並べる。座って食べようかと思ったら腕を掴まれて引き寄せられ、そっと抱き締められた。


「良裕さん……?」

「……所長から聞いた?」

「うん」

「巻き込んでごめんな……」

「そんなこと……」


 右手が伸びてきて、叩かれた頬にそっと触れる。


 そんなこと、気にしなくていいのに。


 そんな気持ちを込めて寺坂さんの背中に腕を回せば、抱き締めていた腕の力が強くなる。……おい、然り気無くブラのホックを外さないでよ。


「良裕さんのせいじゃないんだから、そんなこと気にしなくていいんだよ?」

「雀……」

「ほら、ご飯冷めちゃうよ?」

「雀……」

「なあに?」


 私の背中を撫でる寺坂さんの大きな手が温かくて、気持ちよくて……そのままちょっとだけ強く抱き締めながら、逞しい彼の胸に凭れたら。


「俺の体におっぱいを押しつけて……誘ってんのか?」

「…………抱きついただけで何でそうなる、このエロ親父が! ご飯冷めちゃうって言ってるじゃないですか! さっさと食べちゃってくださいよ! てか、いい加減離して!」

「やだ。雀から抱きついてくるなんて珍しいから嬉しいんだよ」

「良裕さん……」

「飯食ったらドライブに行こうと思ってる。そのあと抱かせろよ」

「……うん」


 返事をしたら、触れるだけのキスをされた。


「うん、って言ったな? ……お仕置きが楽しみだ」

「は!? 今朝のあれは冗談じゃなかったんかーい!」

「俺はいつだって本気だって言っただろうが。飯も食わずに、今すぐねちっこく愛撫して、激しく抱いてやろうか?」

「すみませんごめんなさい抱かれるのは嬉しいけどお腹が空いてるので先にご飯を食べさせてください!」

「ほー、抱かれるのは嬉しいのか。それはいいことを聞いた」

「……はっ! やっちまった!」


 何で同じことを繰り返すんだ、私!


 自分のバカさ加減に凹みつつもドライブはどこに行くとか、明日はどこに行こうかとか、何が食べたいとか話しながらご飯を食べた。

 しばらくまったりしたあと、「そのまま遠出するから、頬の怪我の薬を持って行ったほうがいいよ」と言われて一緒に取りに行き、ついでにスマホの充電器を鞄に入れる。

 昼間用の出かける支度(お化粧ができないから、UVカットの帽子とか上着とか)と、肌のスキンケア用品や、二重にした保冷バッグに保冷剤と塩をふった氷をビニール袋入れる。

 貴重品なんかが入っている鞄とは別にそれらをトートバッグに入れると、戸締りをしてから寺坂さんと一緒に出かけた。


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