そんな謝罪はいりません

「は、原口部長!?」

「いつこちらに!」

「上重所長に連絡をもらってすぐに来たから、ついさっきだよ」


 焦ったような彼女たちの言葉が聞こえる。ほー、この人は部長さんでしたか。

 いつ来たの? 今朝はいなかったよね? なんて思っていたら、ついさっきなんて話が聞こえた。

 そしてその部長さんは、苦虫をたくさん噛み潰したみたいな顔をして彼女たち……特に、私を叩いた彼女に怒気を向けている。

 というか、部長さんは寺坂さんたちと一緒に来たじゃない。まさか、彼しか目に入ってなかったとか? そんな寺坂さんは彼女たちを睨みつつ、いつの間にかボイスレコーダーを聞き始めてるし。


「君たちは……特に酒田さんは、いったい何しにここに来たのかね? 聞けば私が頼んだ仕事をせず、私に約束したことも守らずに、彼らの仕事を邪魔していたそうじゃないか。しかも仕事をするどころか男漁りに興じて、何の関係もない従業員に難癖をつけた挙げ句に叩いて傷つけるとは……何を考えてるんだ!」

「お、男漁りだなんて……そ、そんなことはしていません!」

「そ、そうです! 彼女が自分でやったんです!」

「千葉さんに酒田さん。この場にこれだけの証人がいて証拠があるのに、嘘をつくな! 彼女の爪と君の爪を見比べて、君たちの言動を今ここで流してもいいんだぞ!」


 ボイスレコーダーを振りながらそう怒鳴った部長さんに、彼女たちがサッと顔色を変える。

 私は手拭いを巻いた保冷剤を頬にあてて冷やしてるから爪が短いのも、自分で引っ掻くなんてできないっていうのも一目瞭然。部長さんは私が叩かれたことや周囲の反応も見ているから、彼女たちの言い逃れを潰したんだろう。

 しかも、彼女はバッチリ見えていた長い爪を隠すように、サッと手をうしろに回してる。それは「私がやりました」って言ってるようなもんじゃないの?

 わかっててやってるんなら、本当に性格が悪いし悪意満載じゃないか。


「まさかと思って来てみれば、全く……。どうして君たちを事業所に派遣するたびに抗議が来るのかわからなかったが、今回のことでよくわかった。『二度としません、真面目にやります』と言ったからこそ、あの時温情を与えて支社に残したというのに、反省をするどころかここや他の事業所で、何度も同じことを繰り返しているじゃないか、君たちは!」

「そ、それは……」

「そ、その……」


 激昂している部長さんの話からわかったのは、彼女たちは温情を与えられて支社に留まったものの、結局は改心しなかったってことか。だから苦虫をたくさん噛み潰したみたいな顔をしてたのね、部長さん。

 部下の管理不行き届きだもんね、これ。


「もういい、言い訳など聞きたくもない! 酒田さん、今から私と一緒に支社に帰るぞ。今日のことも含めた今までのことを、支社長に報告する」

「そんな!」

「千葉さん、君の言動も聞いているし、嘘はいかんだろう。一応仕事のために残すが、酒田さんと同様に支社長に報告する。私がいないからといって、同じことをしたり、嘘をついたりするなよ?」

「……っ」


 部長さんに釘を刺されて、二人とも顔を青ざめさせていく。私を叩いた人の顔色は特に悪い。

 そんな二人を冷めた目で見ていた部長さんは、私のほうへ向くと謝罪した。


「すまない。私の部下がひどい事をした」

「……なぜ、部長が謝罪されるのでしょうか」

「だから、部下が……」

「そういうことではなくて。彼女の意味不明な感情で仕出かしたことなのに、なぜ彼女ではなく部長が謝罪されるんですか? それがわかりません」

「え……?」


 本当に意味がわからない。本人が謝るならともかく、なんで部長さんが謝るの?


「失礼を承知のうえで申し上げますが、よろしいでしょうか」

「何かな?」

「取引先相手に対して彼女が仕事でミスをしてしまい、上司である部長が謝罪をされるならわかります。ですが、今回彼女が私にしたことは仕事のミスではなく、かなり個人的な、そして意味不明なことを言って私の頬を叩いたり、傷をつけたことなんです。なのに、なぜ本人ではなく部長が謝罪されるんですか? 先程のお話を伺う限り、ずいぶん彼女を……いいえ、彼女たちを庇って甘やかしているんですね。それが貴方の教育方針なのでしょうか? 『この会社の教育方針ではない』というのは、ここで約五ヶ月バイトをして来た私にもわかりますし」

「……っ」

「……六年前、彼女たちが良裕さんたちに何をしたのか、本人やそのことに関わった人たちから聞きました。そして、彼がどんなふうになってしまったのかも、彼女たち以外の人たちがどんな処分をされたのかも、簡単にではありますが聞いています。なのに、部長が彼女たちだけを贔屓して温情を与えた結果、どうなりました? それが各事業所から絶えず来るクレームや、今のこの状態に繋がっているのではないんですか? なぜ他の事業所から抗議が来た時点で詳しく調べなかったのか、是非ともそのあたりをお聞きしたいです」

「それは……」


 私の話になんだか目が泳いでますよ、部長さん。まさか、彼女たちの言葉だけを鵜呑みにして、他の事業所からのクレームは切って捨てたとか、あるいは自分の保身のためとかじゃないよね?

 保身のためだったら呆れるよ。


 本当は私が言うべきことじゃないのはわかってるし、言い過ぎかな、と内心びくびくしてる。クビになったらなったでいいや。

 寺坂さんと両想いになったし、これから先……って、あれ? 忘れてたことを思い出しちゃったよ。私、両思いになったって浮かれてたけど、付き合ってって言われてないし、私自身も言ってない。

 それに、この件で彼に嫌われたらどうしよう……。

 うん、考えたら泣きそうになったけど、今はあとにしよう。なんだかいろいろと凹みそうだし。


「今は関係ないお話ですから、そこはどうでもいいです。私はこう見えても彼女に理不尽なことをされて怒っていますし、言わずにはいられない性格ですから、彼女にも部長にも物申させていただきました。そこは謝罪させていただきます。ですが、自分が悪いとわかっていながら嘘をつき続け、私を叩いたくせに責任転嫁しようとしておきながら謝罪もしない。部長に強要されて嫌々謝罪するような彼女からの言葉なんかいりませんし、部長からの謝罪もいりません。その分頬の治療費など、きっちり請求させていただきます」


 私の言葉に、部長さんは微妙に顔を青ざめさせて溜息をつきながら頷いているし、ボイスレコーダーを聞き終えたらしい寺坂さんは隣で「雀は優しいな。つか警察に連絡しろよ……れっきとした傷害罪だろうが」なんて小さな声で呟いたり舌打ちしたりしてる。

 物騒なこと言わないでくださいよ、警察に連絡したら会社に迷惑がかかるじゃないですか。しかも、何か手帳にメモを書いて千切ってるし……。

 で……そんな私の話や部長さんの態度を全くわかってないのが、彼女なわけでして。


「はぁ? 意味わかんないわよ! あんたが自分でやったのに、なんであんたなんかに治療費を払わなきゃなんないの!」

「酒田さん! いい加減にしろ! 自分がやったこともわからないのか!」

「……原口部長、いくら言っても無駄ですよ。わからないから六年前と変わらないし、周りに迷惑をかけて同じことを繰り返すんです。たく……だから嫌いなんだよ、こいつらみたいな虚言癖のある自分勝手な女は」


 そこに寺坂さんの口から、ものすごく低ぅーーーい怒気をはらんだ冷たい声が響く。その声にびっくりして彼の横顔を見れば、無表情を通り越して般若になっておりました……。

 な、なんで?


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