ex7−3 斥候少女の観察

「名前は、アデルだ。斥候以外には雑用くらいしか出来る事はないが、よろしく頼む」

 少年の自己紹介は、不要な情報を徹底排除した、まるで男所帯のパーティに入ってしまった女性冒険者の様な、警戒心剥き出しの内容だった。それは、彼の性分なのかも知れない。内容に反して、態度はそれほど警戒している様には見えなかったし、距離を詰めても離れようとする素振りは見せなかったから。

 以前の事も併せて判断すると、余り人付き合いの上手い方ではないのかも知れない。


 悪く無い。それが、改めて抱いた印象だ。

 事ある毎に「自分の方が立場が上だ」と言葉の端々で主張してくる他の男性冒険者に比べれば、遥かに良い。相対的に、好印象だった。

「なにか武勇伝はあったりするのかい?」

 なんてリーダーが罠を張っても、

「いや、モンスターから逃げ隠れするのが精々で、恥ずかしながら戦闘ではまるで役に立たないよ。格好悪いけど、頼らせて貰う」

 と、彼は自分の実力や立場を下に置く事を躊躇わない。

 ところが、相手が引くと追いかける。リーダーの悪い癖の1つだ。

「そうは言うが、君は有能な斥候だと聞いているぞ?」

「俺を斥候として高く評価してくれたのは、もしかしたら彼女が初めてかも知れませんね」


 リーダーが様々な言葉で彼の自尊心を煽っても、身体接触を迫っても、彼はやんわりと回避し続ける。

 単に自己評価が低いのか、リーダーの性格やパーティメンバーの心証を計算尽くで振る舞っているのか、宿場村へと向かう1日目では全く判断がつかなかった。

 1日通しての印象は、頼りない、へ格下げだ。


 ◇◆◇


 明けて翌朝。

 宿での出来事を彼と同室だったメンバーに聞いてみても、真面目に探索準備をしていたと言う。追い出す切っ掛けにも成らなければ仲を詰める切っ掛けにも成らない、無難な対応に始終していたとか。

 結局、人柄を掴めないまま探索で見極めるしかない様だ。


 リーダーの発表した行動指針やパーティ編成に彼は不満を欠片も見せなかった。

 実際に指示に従う段になっても、特に否はないらしい。

 テントや竃の設置にも積極的に動いて、むしろ彼の方が私達の為に雑務を引き受けているという感が強い。他の男性冒険者なら、多少の差はあれここまで献身的な事はないだろう。

「……では、改めて。まずは行軍に慣れよう」

 設営を終えて、リーダーは改めて宣言した。

 森へ入る布陣は、私がパーティの周囲を警戒し、彼が最外周で進行方向を警戒。

 配置上、彼へ掛かる負担と危険が大きい。しかし、彼は私との配置転換や護衛を1人付ける様な要望をする事無く、殆ど二つ返事で請け負って拠点を出発した。


 どれほどモンスターと遭遇するのか、側面や背面からの襲撃はどれほどあるのか。

 誰が斥候をやっていても気を抜く事なんて出来るはずがないけれど、今回は特に、彼の力量が解らない事もあって皆気を張っていた。街道を歩いていた時と同じ調子で歩を進めているのは、彼を紹介した女魔法使いだけだ。

 幾ら彼を信頼しているといっても、油断が過ぎると思う。とはいえ、「魔法を使うには集中力を要するから、必要のない時は気を抜いておく方がいい」と言われてしまうと、詳しく無い私には反論できない。

 ただ、私が斥候を担当していた時は、彼女はもっとしっかり構えていたはずで、その信頼関係が羨ましく、悔しい。


 彼は頻繁に立ち止まっては、引き返したり進む方向を変えたりと後ろから見ていると何をしたいのか解らない動きが多々ある。

 ただ先を行く彼は、「すすめ」「とまれ」の2つのハンドサインを送ってくるだけで、一度も相談に戻って来る事は無い。身の丈に合わない仕事を任されて焦っているとか、下調べが足りずに道に迷っているにしては、不自然だ。彼にも男性らしい意地があるからだ、と解釈するなら、たった一度の戦闘もないのが偶然にしては出来過ぎていた。


 想像のおよそ倍程の時間をかけて、最初の目的地に設定した水場まで私達はたどり着いた。ただの一度の戦闘も無く。

 この実績だけで、隠密行動技能は私より遥かに上にあると理解せざるを得なかった。

 話を持ちかけられてから僅か半日。私達が『遠出』を企画した段階で密かに情報が伝わっていたとしても、十分な調査時間があったとは思えない。なにより、十分に調査の時間をかける事が出来たとしても、私には同じ事を出来るとは言う自身がなかった。


「アデル。私が森を歩き慣れていないだけかも知れないが、随分歩いたな?」

 奇襲を受ければ誰より先に身を張る盾使いが彼を問いつめる声を聞きながら、私は、彼と私の何が違うのか、碌に知りもしない彼の立ち居振る舞い全てを思い出しながら、その思考に半ば溺れていた。

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