ex6−3 獣耳少女の聞耳

 心ここに在らずで私は薪割りをしていた。

 日常的に必要な量を割るだけなら簡単な仕事だけど、大量消費する施設の消費分をそれぞれで逐一用意するなんて大変なので、『薪屋』はこの町ではきこりの副業だ。

 木材として使い難い部分や余った部分が端材置き場に纏められているので、これを私の様に暇のある人が加工して必要とする人が買い付けるという仕組みで、三者両徳、なんて言われている。

 ギルドに張り出されている常駐依頼の1つで、出来高だから私としては安定して稼げる仕事だった。大量買い付けが入った時の運搬の仕事の方が美味しいのだけど、そっちは中々張り出される事のない仕事なので運が良ければ、といったところ。


 考えるのは、妹は今何をしているのかとか、もっと儲けるには——効率よくする為にはどうすれば良いのかとか。

 彼なら、また今の私を非効率だと非難するのだろうか、とか。


 私が1人で出来る仕事なんて力仕事だけで、どうすれば効率よく稼げるかなんて、簡単には思いつかない。どれだけ力があっても、必要上の力は空回りだ。今の所、休み無く力を使える薪割りが1番効率がいい気がする。


 妄想だ。ただの皮算用。もっと頭を使って効率よく日に2つも3つも仕事をこなせるなら、そっちの方が利益が大きいのは知っている。けど、私に出来るのはこれが限界。


 溜め息と同時に振り下ろした斧が、土台の切り株に深く突き刺さった。

 ちょっとした失敗。抜くのにかかる時間で、リズムが崩れた。

 それが私を、現実に引き戻した。


「森情報屋ですよー」


 雑音が絶えて、聞き覚えのある声が耳に届く。


「おう、坊主か。どうだった?」

「やっぱり、次行くのは南が良さそうだな。一番安定しているから、対処も楽だろう」

「おいおい、そんな当たり前の事だけ言われても情報代なんて払えんぞ」

「いやいやおっさん。森が荒れるのは何も樵の活動だけが原因じゃないんだから、他の情報も踏まえて調査した労に対する対価は払って貰わないと」

「前にも聞いたぞぉ、それ」

「その前はむしろ危険だって伝えたろう」


 私は、雑音の元になる作業の手を止めて、そのやり取りに聞き入っていた。

 知り合いの声に似ていたから? ちがう。

 儲け話になりそうな気がしたから。

 私は斧を置いて、声のする方へ向かった。


「つってもなぁ、万が一を考えれば、護衛の数は減らせねぇし」

「なら支払いを見直せよ。一括じゃなくて基礎賃金と成果報酬とかさ。そっちの都合を、仕事を熟した情報屋に押し付けられても困る」


 言葉に反して険悪な空気のない、冗談の応酬にも似た取引。

 けど、その声に忍ばされる感情の色は複雑だ。

 怒り、苛立、焦り、諦め、希望……。

 人間の耳は誤摩化せても、私の耳にははっきり伝わってくる、抑えきれない程の感情。

 それは、きっと少年自身意識していない程度の、騙しきれていない違和の発露。


「良し解った。なら手始めに坊主の報酬を成果報酬にしてみようじゃねぇか」

「ほう? 追加手当が出るのか」

「よせやい。元々安全だって予想は立ってて、それが多少確度増した程度なら危険が判ったとき焼き権だと思ってた場所が安全だったときより成果が小さいってことだ。つまり、小さい働きの分報酬も少ないってことだ」

「なるほど。……では、ここには危険を見つけた時だけ情報を持って来る事にしよう」


 わざとらしい程に刺々しい言葉は、中身がない。

 以前私達を非効率だと言い放った時と同じ、感情の触れ幅の小さな言葉。演技だ。

 儲け話——伐採計画に乗れるかも知れない、なんて考えていた自分が恥ずかしくなるくらい真剣な、報酬交渉だった。


「別にかまやしないぞ、お前さんが情報を持って来ないってのが安全の知らせになるならそっちの方が安上がりだ」

「——そうか、泣きつく準備をしておく事だな」


 強気なおじさんに1歩も譲らず、少年は幾らかのお金を貰ってこっちに真っ直ぐやって来た。

 目が合って思わず立ちすくむ私と、まるで動じない彼。

 盗み聞きは、ずっと前からバレていたのかも知れない。

 怒られるだろうか。非難されるだろうか。


「……ここは止めておけ、近く大損するぞ」

 私の内心になんてお構いなしで、彼はすれ違い様にそう囁いて、そのままどこかへ行ってしまった。


「人使いが荒い」

「働きに見合う報酬を出し渋る」

「危険を軽視する」

「仕事に取りかかるのが遅い」

 そんな噂を聞く様になったのは、それから数日の内の事。

 少年が流したのかも知れないし、日頃の振る舞いから自然発生した噂なのかも知れない。


 ただ、どちらにしても危険に身を晒す事で報酬を得ている冒険者にとっては、無視できない噂だ。そんな疑いのある相手を命懸けで護衛するというのは、危険に報酬が見合わない可能性が無視できない。

 そして、護衛が集まらなければ郊外へ木々の伐採に行けるはずも無く、伐採の出来ない樵に仕事はない。


 リーダーに聞くまでもなく、私は情報の恐ろしさを肌で感じた。

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